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「うちの孫は将来歌手になるんよー」 と話してくれたばあちゃん

セピアな思い出∫泣ける話 第2話
29: 大人になった名無しさん 2008/04/18(金) 05:17:06

先日ばあちゃんが亡くなりました。
俺は今実家を離れて学校に通っているので、夜中に電話でその事を伝えられました。
俺が高校の時に足を悪くして以来、ずっと車椅子だったばあちゃん。
丁度その位から手術やらを何回もするようになって、一気に体調を崩し始めた気がする。
ばあちゃんと俺は昔は仲がよかった。
けど、大人になっていくにつれ何故だかばあちゃんとうまく話せなくなってきた。
目上と話すのに気を使ってしまうようになってしまっていたから、ばあちゃん話すのを避けていたのかもしれない。
いつのまにか、俺は自分からばあちゃんに話し掛けなくなっていた。







30: 大人になった名無しさん 2008/04/18(金) 05:40:21

今年になってすぐ、母から電話。
ばあちゃんはもう長くないかもしれないと伝えられた。
医者の見立てでは、延命措置をとってもあまり変わらないかもしれないとのこと。
母は医者にその事を聞かされたとき
「延命処置するのと何もしないなら、どっちが楽ですか?」
と尋ねたらしい。

ばあちゃんは母にとっての実母。ばあちゃんが歩けなくなってからは、母は懸命にばあちゃんの面倒をみてた。
自分の睡眠時間を削って、夜中に何度も起きていたのを知っている。
母は体が丈夫ではなく、久しぶりに会ったりすると、はっきりと体調の悪さがわかった。
父は義母であるばあちゃんの介護にはノータッチだったが、母は何の文句も言わず1人で面倒を見てた。
俺自身夏休みに実家に帰っても遊んでばかりで、何も手伝ったりしていなかった。
俺は電話でばあちゃんの話を聞いた時、そんな資格もないのに
「延命措置を取ればもしかしたらまだ生きれるんじゃないか」
と母に意見した。何も手伝ってない俺には言えた事ではなかったが、母は穏やかな口調で
「今の治療でさえ大変やのに、延命措置を取ったらますます苦しくなる。
変わらんなら、おばあちゃんをもう苦しめたくないんよ」
と言った。
ばあちゃんの大変さをわかっている母だから言える言葉だった。


31: 大人になった名無しさん 2008/04/18(金) 05:52:59

母の電話を受けてから俺はすぐに実家へ帰った。
ばあちゃんに会えるのはこれが最後かもしれないと思ったから。

母は電話で、今のばあちゃんを見たらびっくりすると言っていたが、本当に驚いた。
ばあちゃんは綺麗な人だったが、体は痩せ細り頬はこけ、目は虚ろで、人相が随分変わっていた。
聞けば、ここ数日何も話さず、家族の顔も認識していないらしい。
病は気からという言葉は本当で、あまり人と話さず刺激がないため、一気に症状が進行したのだ。
ばあちゃんはもう、自分で物を食べる事もベッドから起きる事もできなくなっていた。

こんなになるまで俺は何もしてこなかったんだ。後悔した。
俺は実家にいるあいだずっとばあちゃんに話し掛けた。

そして先日。ばあちゃんは亡くなった。桜が丁度満開になって、温かくなってきた時だった。


32: 大人になった名無しさん 2008/04/18(金) 06:17:33

通夜の前にばあちゃんの顔が見たくて、急いで実家に戻った。

化粧をしてもらい綺麗な顔。お気に入りの着物を着てばあちゃんは静かに寝てた。
覚悟してたし、ばあちゃんの姿見ても泣かないかなと思ってたけど、すぐ涙でてきた。
心の中で、

「ばあちゃんごめんね、ごめん。ずっと何もできなくてごめん」

何度も謝った。

通夜と葬式でアホほど泣いたけど、喪主だった母の葬式の挨拶がいつまでも心に残った。
「母は足を悪くして以来、車椅子での生活でした。
不便な生活を強いられ、不満もあったと思います。
体調を崩してからは、食事も色々と制限され、大好きなお茶も飲めなくなり、恨めしい顔をされたこともありました。
それでも、苦しい闘病生活に弱虫で泣き虫だった母が泣き言を言わず耐えてくれました。
苦しまず楽に最期を迎えられたのがせめてもの救いです。

丁度去年の今頃、母と2人でお弁当を持って花見に行きました。とてもきれいな桜で、母と2人で来年も見に来ようねと話しておりました。
ありがたい事に、戒名に春と光という文字を頂きました。
今頃母は車椅子から解放され
あー、やれやれ、やっとやわ
と言いながら、春の光の中を、自分の足で歩きながら桜を眺めていると思います」
泣きながら話す母の姿に、涙が止まらなかった。



33: 大人になった名無しさん 2008/04/18(金) 06:34:42

昨日色々片付けをしてると、母が何やら届いた荷物を開けていました。
何が入っているのか見てみるとそれは、カロリーを取るための桃のジュースや、血圧をあげるゼリーなど
食事制限で好きなお菓子なんかが食べれないばあちゃんのために母が注文していた商品でした。

「あー、これ全部そうやわ
間に合わんかったなー」
と苦笑いの母がとても寂しそうに見えました。


高校の時から音楽の道に進むと決めていた俺をばあちゃんは応援してくれて

「うちの孫は将来歌手になるんよー」

ってよくご近所に自慢してたっけ。

俺がもっと話し掛けて一緒に笑ってたら、ばあちゃんまだ元気だったかな?

ずっと後悔してます。


つまらない話を長々と書いてすいませんでした。
どこかにこのモヤモヤした気持ちを吐き出したかったんです。



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[ 2012/11/24 17:41 ] 祖父母 | CM(0)

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