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じいちゃんが残してくれたもの、それは家族の絆

おじいちゃん、おばあちゃんの思い出
uni.2ch.net/test/read.cgi/sepia/1071493778/

179: 大人になった名無しさん 2005/09/16(金) 11:42:02

何年も前から痴呆症だったじいちゃん。
自分の誕生日は言えるのに、年は言えない。
娘の名前は?と聞かれても、孫ある私の名前を言ったりしてた。
私が1年間の留学に立つ日、私にいつもおこづかいをくれていたばあちゃんに代わって
その日はじいちゃんがおこづかいをくれた。
いつももう働いてるんだからいいよ、って断っていたけど
じいちゃんがくれるっていうんだからもらっていきな、ともらうことにした。

それから半年、留学先でじいちゃんがもう長くないと知った日
何も手につかなかった。
何度か入退院を繰り返し、私が帰国した時は病院のベッドの上だった。
私が誰だかわかる?かすれた声で私の名前を言ったじいちゃん。
日に日に衰えていく姿をばあちゃんと2人で毎日見るのが辛かった。
どんな治療をされても、一言も痛いと言わなかった。
父に大丈夫、すぐ良くなるからな。と励まされたその夜、
じいちゃんはベッドで静かに涙をこぼし、すすり泣いていたそうだ。
あれが意識のある最後の瞬間だったのかもしれない。
それからすぐにじいちゃんは息を引き取った。






幼い頃、両親は共働きで3歳で保育園に行くまで祖父母に面倒をみてもらっていた。
いつも寝るときに本を読んでくれたのもじいちゃん、朝の新聞配達の仕事の時
バイクの後ろに私を乗せてつれてってくれたのもじいちゃんだった。
私が初めて保育園に通園した日、通園バスに1人でのり、
家を離れるのが初めてだった私がじいちゃんは心配で
保育園に車で先回りして陰からそっと見ていたって。
いつまで経っても降りてこないと思ったら、一番最後にちょこんと降りたのを
見て安心したって。
じいちゃんが亡くなった日の夜、亡骸を前にばあちゃんが話してくれた。
もっと早く教えてくれたらよかったのに。
ありがとうって直接言言いたかった。

じいちゃんが逝ってしまった後のばあちゃんは、ますます小さくなってしまいました。
でもじいちゃんが残してくれたもの、それは家族の絆。
昔は恥ずかしくて家族とまともになんて話せなかった。
じいちゃんが痴呆症で家族が悩んでいた日々、入院中、今まで。
だんだんと父とも冗談まじりで話せるようになった。
弟たちともまじめな話しなんかもする。

父がじいちゃんの最期に病院に駆けつけたとき。
数分前に逝ってしまったじいちゃんに、うちはおれが守るからな!安心しろよ!
って言ったそうだ。
そんな家族がいつも私のそばにいることを誇りに思う。

じいちゃん、ありがとうね。
今度のお彼岸にまたお饅頭持って帰るからね。






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