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「俺は19年間、お前の息子を我慢してやってきたんだ!」 「もう、お前は俺の息子じゃない。」

839: 大人の名無しさん 2009/09/20 00:54:48 ID:NKVXPBga

早生まれだったので、19歳の内に成人式を済ませ、20歳の誕生日を待ちわびていたある日。

当時、俺はフリーターで、ファミレスの夜勤をしていた。
その日は風邪を引いてて、それで休むわけにはいかなかったので、咳きこみながら支度をしていた父が見かねて、「今日くらい休め!」と一言。「休めるわけがない」と返したが、「俺にもうつるんだよ!」とケンカに発展。

俺がガキの頃からお袋とは「お金」のことでいつもケンカをしていた。
常に自分の親や母親の両親、もちろん貸金屋などからも借金をこさえていた甲斐性のない父。
理不尽な亭主関白で、自分の思い通りにならなければ誰それ構わず拳を振り上げていた父。
でも、親戚の集まりなど、外面のいい父。

そんな父が嫌いで仕方なかった。
父が「どうせロクなやつと付き合っていないんだろう」と友達をバカにし始めたことに腹を立てた俺は、積年の思いをぶつけた。

「俺は19年間、お前の息子を我慢してやってきたんだ!」

感情的だった父が急に冷静になり、一言俺に言い返した。

「もう、お前は俺の息子じゃない。」

俺は勘当された。
1学年上の兄も同じ思いを抱いている旨を伝え、父は近所の父の実家に住んでる兄を呼びつけ、兄に真意を問いただした。

「そんなこと、思ってないよ。」

嘘つきのレッテルと共に、俺は独りぼっちになった。
車に寝具を乗せ、俺かバイトに行き数日間帰らなかった。

当時の俺は専門学校に通っていて、就職活動をしていたため、生活基盤が欲しかった。
母に連絡を取り、父に頭を下げ、家に戻ることができた。
でも、父とは挨拶程度で、その他の一切の会話は無かった。







840: 839 2009/09/20 00:57:33 ID:NKVXPBga

3年後、父が倒れた。
肺がんだった。それも末期の。
何もよりタバコが好きで、ピーク時は1日80本吸ってたのだから、当然の結果だとは思った。

手術をするには手遅れとの事で、抗がん剤が投与された。
治療のカリキュラムが一通り終わり、一時退院したある日の夜中、身体の言うことが効かなくなり始めていた父が母に対して暴れていた。
「○○(兄の名前)を連れて来い!」

俺以上に父を嫌っていた兄は、「仕事が忙しい」と見え透いた嘘をつき、一度も見舞いに行かなかったらしい。
一度は親子の縁を切った俺とは違い、父は兄のことを信じていたのだろう。裏切られたという気持ちだったようだ。
そもそも、兄は人生でバイトを含め、定職に就いたことがなかったため、「仕事が忙しい」なんて幼稚な嘘が余計腹立たしかったのだろう。

そんな折、父が俺を呼びつけた。
「○○(俺の名前)は間違ってなかったんだな。あの時はすまなかった。」

人に謝ることが嫌いな父が、初めて息子である俺に頭を下げてきた。
俺は「気にしてないよ」と一言だけ告げ、自分の部屋に戻った。
心の中では「やっと普通の親子に戻れる」という気持ちで、本当に嬉しかった。

父はその後再入院。
当時付き合っていた彼女の紹介を兼ねて、初めて父の見舞いに行こうと病院に行った。

彼女を外で待たせ、俺が一人で病室に入った。
一時退院で自宅にいた時よりもさらに一回りも二回りも小さくなっていた。

俺を見るなり、泣き出す父。

「あと、1週間かな・・・」と、絞り出すように言った父。
「そんなことないよ。」と、返すのも心苦しかった。

時間にして1分弱。
気の利いた言葉もかけてあげることも、連れてきた彼女も紹介せず、引き揚げてしまった。


841: 839 2009/09/20 00:59:17 ID:NKVXPBga

その数ヶ月後、会社に父の危篤の連絡が入った。
会社から病院まで電車で30分弱で行けるのだが、その道のりがとても長く感じた。

肺炎を併発し、肺に痰が溜まっている状態で、看護師さんが会社に連絡をしてきた頃が一番やばい状態だったが、俺が到着したころにはその痰を取り除いたら血圧・脈拍は大分落ち着いたとのこと。

母親が病院に到着するまで、父と二人きり。そのころにはがん細胞は脳に転移していたため、会話は出来るわけが無く無言の病室。
意識が朦朧としているのか、普段は目線が定まっていないんだけど、時たま目が合うときがあって、その時は正直ビックリするだけど、その反面、「あぁ、俺が来たって確認してるんだな」 って思うわけで。

その1ヶ月後、父は逝った。57歳になったばかりだった。
死に目には立ち会えなかった。病院から連絡を受け、父に会いに行ったが、別に涙は出なかった。
あとから到着した母は、人目も惜しまず泣きじゃくっていた。

2日後の通夜。
通夜の前に棺桶の中に父に天国へ持って行ってもらうものを入れる時、俺はタバコをプレゼントしようと思った。
不謹慎ながらも、タバコで寿命を縮めてしまった彼に対しての、皮肉を込めた俺なりの「ギャグ」だった。

葬儀屋さんに「吸いやすいように箱を開けてあげてください」と言われた途端に、初めて号泣した。
「俺、何アホなことしてんだろう」って気持ちと、「本当に逝っちゃったんだ」って気持ちが入り混じって、涙が止まらなかった。

父に勘当され、倒れるまでの3年間。
俺はマルチにはまり、決まっていた内定を蹴り、専門学校も辞め、借金が膨れ上がったていた。
結局、マルチからは足を洗い、債務整理をして借金返済の目処はついていたが、俺が嫌いだった父と同じ道を歩んでいた。
「蛙の子は蛙」を地でいくような感じだった。

どんなに嫌いでも、どんなに殺したいって思っても、俺の父は彼一人だけ。
本当はもっと仲良くしたかった…。二人で飲みに行きたかった…。

あれから2年が経った。
来年は生きていれば彼は還暦を迎える。
四十九日まではしょっちゅう夢の中に出てきた彼も、今は顔を出さない。

俺も、見晴らしの良い「家」まで遊びに行くので、たまには俺の「心の中」に遊びに来てほしいです。



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