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昨年の3月、父が他界した。自殺だった。

825: 大人の名無しさん 2009/06/22 00:05:19 ID:Gd8WNtrl

テレビで父の日を取りあげるもんだから、
なんだか自分も感慨深くなってしまったので書き込んでみる。

昨年の3月、父が他界した。自殺だった。

オヤジと母親は俺が中学くらいの時に別れた。
だけど、俺のことを考えてなのか、同じマンションに部屋を買って、2Fと3Fで別々に暮らしていた。
俺は、自分の苗字が気に入ってたのと、父方のばあちゃんがお小遣いもいっぱいくれて、
なんだか好きだったのもあって、主にオヤジと一緒に暮らし、親権もオヤジがもっていた。

オヤジは、昔は金融会社の支店長をやっていたが、転勤が嫌で俺が生まれてすぐにトラックの運転手に転職した。
無類の酒好きで、酒と釣りくらいしか趣味の無い人だった。
それまで挫折を経験したことの無かった親父も、運送会社での待遇や人間関係から、ストレスを溜め、
挙句の果てに、その運送会社で大きい事故を起こし、会社を辞めるはめになった。
そして、あろうことか前日の酒がのこっていたことで、免許停止にもなってしまうという事態が起きた。
これが決定的だった。オヤジはすっかり酒びたりの生活になっていった。

そうこうしている内に俺も高校を卒業し、社会人になった。
親父が夜な夜な酔っ払っては、飲み屋や家の中で問題を起こし、眠れない日々を過ごすことに
嫌気がさしていた俺は、家を出て一人暮らしをしたかったのだ。

そして、就職して1年、俺は念願の一人暮らしを始めた。
今思えば、あの時も、「なぜ出て行くんだ」と腑に落ちていない表情をしながらも、
夜な夜な引越しを手伝ってくれたのはオヤジだった。

一人暮らしを始めてからというもの、オヤジの煩わしさから開放され伸び伸びと過ごしていた。
たまにオヤジの家と階違いに住む母親から、オヤジの起こす珍事の報告や愚痴を聞かされることはあったが、
どこか他人事で、大して気に留めることはなかった。







826: 大人の名無しさん 2009/06/22 00:06:28 ID:Gd8WNtrl

それから約5年の間に、父方の祖父が他界。その葬儀も酒気帯びの状態で参加するなどの醜態を
さらしたオヤジは、親戚から「しょうもないやつ」という目で見られていた。

オヤジは免許こそ取り直したものの、運送系の仕事を転々としながらその日暮らしを行っていた。
父方の祖母からも金銭的な面倒をかけながら。
その前後では、生活費に困り、自分で救急車を呼び、仮病で入院を試みたりもしていた。

オヤジはうつ病だった。
でも、メールで「もっかい頑張ってみる。迷惑かけててごめんな。」なんてメールが来たこともあった。

離婚はしていたものの、親父の今後をめぐって、母親と父方の祖母と伯父を交えて話し合いも
行ったりもしたが、結局は状況を変えるには至らず、家族が常にオヤジが「いつ、なにを起こすかわからない」
という不安に駆られながら生活をしていた。

そんなある頃、俺は勤める会社の上司が釣り好きなのもあり、付き合いで釣りを始めることになった。
ちびっ子の頃にオヤジに連れて行かれた時の記憶を頼りに、上司から竿を借りて釣りをしていた。
上司にその昔話をしている内に、「次はオヤジが持っている竿を借りて参加します。」なんてことを
言ってしまった。毎度上司から竿を借りることに抵抗があったのもあったと思う。

そして、その釣り興行の日が近づいてきた頃、珍しく俺の方からオヤジに連絡をとった。
というのもその頃はオヤジと話すと言えば、酔っ払った状態で謎の電話をよこした時くらいだったからだ。

「今度、上司と釣りにいくことになったから、竿を貸してくれ!」と俺が言うと。
「かなり放っておいて、使い物にならないかもしれないぞ。まあ、倉庫から居間に出してだけおくから、
好きな時に来て、持って行け。」とぶっきらぼうに言った。

その2日後くらいだろうか、仕事が忙しくなかなか取りにいけないまま釣り興行前夜を迎えた俺は、
仕事の途中でオヤジに電話をした。
「とりあえず、夜遅くなるかもしれないけど、今日取りにいくから、鍵開けといて。」というと、
「わかった。寝てたら別に起こさなくていいからもってけ。」と答えた。


827: 大人の名無しさん 2009/06/22 00:07:20 ID:Gd8WNtrl

俺は、たまにだからという気持ちで飲み物とカップ麺の差し入れを持って、親父の家に向かった。

すると、当然寝てると思ったが、オヤジは起きていた。
しかも、オヤジも同じように俺のために飲み物とカップ麺を用意して。
「なんだ、お前も買ってきたのか。んじゃせっかくだからお前の買ってきたやつ食うか。」とオヤジは言った。

その日のオヤジは珍しくあまり酔っておらず、二人でカップ麺をすすりながら、
「この竿はやわめだから底を取りやすい。」などと、饒舌に釣りのレクチャーをしてくれた。
なにより驚いたのが、釣り道具が綺麗に磨かれており、すぐに使えるようになっていたことだ。

「明日なんだろ、釣り。一応綺麗にしといたからな。」とオヤジが言うと。
「おお、サンキュー。明日集合時間早いから、そろそろ行くわ。」と言い、親父の家を後にした。

翌朝、上司たちと合流し、釣り興行を無事に終え、帰路につくころだった。
解散前の食事中に祖母から連絡があったが、空気を呼んでその場では電話に出なかった。
店の外に出たときに、留守番電話が残っていたので、聞いてみると。

「●●が亡くなったって。今、ばあちゃんたちは●警察署に向かっているから、気がついたらすぐにきなさい。」
すぐに警察署に向かうと、無言の祖母と伯父がおり、親父の遺体の確認をした。
担当者が、「自宅に残されていた遺書らしきものがありました。おそらくご子息様に宛てられたものです。」と言い
差し出された汚いメモ紙にはこう書かれていた。

「○○、釣り、楽しんでこいな!」

平静を保とうと頑張ったが、ダメだった。涙が溢れてきた。

これまでの数年間、酒に溺れ、様々な事件を起し、家族から疎まれいた親父が、
最後に息子の為に竿を磨き、カッコをつけて逝った。
これ以上家族に迷惑をかけないようにという思いと、俺のために何かしてやろうという思いを果たして、
おそらく悔いは無かっただろう。


828: 大人の名無しさん 2009/06/22 00:08:01 ID:Gd8WNtrl

でも俺は、その事実が、寂しくて、心残りで、ただただ悲しかった。
なんでもっと優しくしてやれなかったんだろうかと。

でもそんな親父が死んで1年が過ぎた。
時々夢にも出てくるが、いつもいい思い出の回想のような夢だ。

今、これを書きながら泣いてはいるが、それでも人生を教えてくれたいい親父だったと
今は思える。

父の日を少し過ぎてしまったけど、今までありがとう。これからもよろしく。
という言葉を送りたい。


長くなってしまってもうしわけない。文才が無いもので。



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