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今日は、80の誕生日だったので、サプライズパーティーをしよう

944: ◆6KBatuGp1w 投稿日:2005/03/23(水) 23:28:59 ID:mAInknrr

今日、おばあちゃんの誕生日でした。ばあちゃんはお茶屋さんをしています。
お茶と瀬戸物、それに切手を売っています。
ばあちゃんは、めーばーと呼ばれています。めーばーとはめがねばあちゃんの略です。
ばあちゃんには、子供が二人いて、4人兄弟の孫と、もう一人孫がいます。
4人兄弟の孫の長男が、ちいさいころ、めーばーと読んでいたので、親戚中みんなから
めーばーと呼ばれています。

今日は、80の誕生日だったので、サプライズパーティーをしようと、4人兄弟の末っ子の妹が提案しました。
ついでにじいちゃんの77歳もおいわいしようといいました。

サプライズパーティーには、皆が集まりました。テーブルの脇には小さな黄色い花がありました。
誰かが、花に気がつくとじいちゃんがいいました。
「これな、よその子供が、めーばーにくれたんだよ。誕生日プレゼントだと。」
みんな、意味が分からないので、ばーちゃんに詳しく話を聞きました。

聞くと、店のお客さんの小学生の女の子が、誕生日プレゼントにくれたそうです。
ばあちゃんは、プレゼントをもらったとき、「あーあ、よその子はこんないい子でプレゼントをくれるのに
うちの孫は・・・」と思ったそうです。そのあと、サプライズパーティがあったので、機嫌は直りましたが。

そのプレゼントとは、黄色い花の植木鉢で、手紙がついていました。
「お茶屋さんへ
おたんじょう日、おめでとうございます。
私は家族のたん生日プレゼントを買いに、お店へ行って、お茶屋さんと少しでも、
お話しするのがたのしみです。いつまでも元気にお店を続けてください。お体を大切に。
もえより」
どうも、家族のプレゼントを買いにいったときに、ばあちゃんが自分の誕生日をいったのを
覚えてくれていたらしいです。
みんな、おおよろこびで、「すごいじゃん」「もえに写真あげようぜ。」そういって、ばあちゃんが
花を持っているポラロイド写真をとったりしました。

もえちゃん、ありがとう。
その優しい気持ちを忘れずに、めーばーに負けないくらい、長生きしてください。


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[ 2014/06/30 18:01 ] 祖父母 | CM(0)

自分探しの旅を計画するなんて想像もしたことなかった。

938: 癒されたい名無しさん 投稿日:2005/03/23(水) 04:46:01 ID:619hTKRv

俺には夢とゆうものがよく分からない、高校も中退し何をやっても中途半端。
3人兄弟の末っ子で上2人とは成績もやることも正反対。親にも迷惑かけてばかりだ。
昔から人付き合いが下手な俺、そんな俺はよく考え事をする。このまま地元でのんびり過ごし決まった線路の上を歩くだけなんだと、
そんなある日テレビでみた他国の環境に圧倒され
翌日バイトで貯めた少しの金をもって旅行会社に直行した。目指すはインド。
自分でもビックリするくらいの決意だと思う、自分探しの旅を計画するなんて想像もしたことなかった。
海外は家族でいったグァム旅行だけ、もちろん一人で旅したことなどない。
計画してからの1ヵ月はすぐに訪れ、飛行機の中でも緊張している俺、不安ばかりが付き惑う
ホテルはわざと予約しなかった。何もない状態から見つめ直したかったからだ。
1日目、街をぶらつくと日本にはない色々な風景が目に飛び込んでくる。物乞いをする少年、学校にいかず働く少女、
ガリガリの犬、現実を目の当たりにしショックをおぼえた。少しひと休みをしようと道端で座っていると、
向こうの方から袋をかついだ中年の男性が歩いてきた。俺に近付いてくると凄い剣幕で怒鳴ってくる。
どうやら俺の座ってたとこで彼はいつも路店をやっているみたいだ。風呂敷を広げ手際よくシルバーアクセを並べる店主

ずっとみていると英語で話しかけてきた。「買うか?全部手作りだぞ。」
たしかにみんなカッコイイものばかり、特に真ん中に置かれたリングは一瞬で惚れた。
でもその日は少しだけ話しをして公園で野宿をした。カバンを枕にしパスポートは腹にベルトで固定し、それでも警戒してたせいか
30分位しか寝れなかった。星を見ながら色んなことを考えた。

次の日あの路地へまた行くとやっぱり男性が店を出していた。
近付くと、「なんだ、また来たのか。」と笑った。

片言の英語でなんとか自分の心境を伝えることができ、向こうも自分の話しをしだし
意気投合。
俺が真ん中のシルバーアクセを誉めると彼は嬉しそうに手にとり俺に見せてきた
近くで見てもやっぱりかっこいい。いくらするのか訪ねると彼が言った
「これは売り物じゃないんだ、店のお守りなんだよ。妹が作ったんだ。」
俺は納得した。どうりで売れないで残ってるわけだ。
しばらく話しをしていると俺が野宿していることにたいしてもの凄く驚き、この辺は危ないから気をつけろと
言ってきた。俺はなにかやらしてくれと、金はいらないから働かしてくれとお願いしたところ
すんなりそれを受け入れてくれた。おまけに風呂にも入れてくれて寝る場所も安全なとこを教えてくれた
毎日がもの凄く充実してほんとに来てよかったと思う
店に訪れる客はだいたいが観光客で、日本人も何人か買っていってくれた。
仕事を初めて1ヵ月、そろそろ帰る準備をしなくてはいけない
彼にはかならず会いに来るという約束で握手を交わし店を後にした。
ほんとに来てよかった。大事なものを見れた気がする。早く日本に帰って変わった自分を確かめたい。
帰りのバス停で初めて来た時の自分といまの自分を考えていた。
バスがようやく来た頃遠くで俺の名前を叫ぶ奴がいる。彼だった。
どうやら忘れ物をしたらしくわざわざ届けにきてくれたようだ、はぁはぁ息を切らしながら
紙袋を渡してきた。バスに乗り込み手を振る俺と彼。
「また来いよ!!」彼はそう叫び小さくなっていった。
バスの中で紙袋を開けるとそこにはお守りのシルバーリングが入っていた。


[ 2014/06/30 10:01 ] その他 | CM(0)

21歳で初めて養子であることを知った。

913: 1 of 3 ID:UkzR+8vB

(十数年前時点の)私と母親の話です。地元紙にも同じ感じの内容が載っていますが、
それは私のです。

--

俺は、いわゆる母子家庭、一人っ子で、母親と二人で18歳までは京都に住んで
、大学に入ってからは東京で一人暮らしている。

ちなみに俺と母親とは40歳離れている。小学校の時は「俺の母親だけ何でこん
なババアやねん!もっと若かったらなあ。」とか、「なんで俺のところだけ、
父親いないねん、こんな貧乏やねん」っとか不満に思っていた。母親と言い合
いになれば、「違う家に生まれたかったわ!最低や」とか平気で言っていた。

母親には18歳までは反抗しまくりで、よく言い合いをしていたから、東京に来
て、のびのびできるとせいせいしていた。

上京後2年は、お盆、年末年始ぐらいしか顔をあわせなかったが、仕送りだけ
は毎月もらっていた。親への甘えを当然のこととして受け止めていた。

そんな母親が、俺が20歳の秋、蜘蛛膜下出血で享年60歳で急逝した。

ほとんどいない親族だけでひっそりと葬式をあげ、位牌と遺産800万円だけ東京に
持ってきた。その位牌も、彼女が家に来るという理由で押し入れに入れ、そのまま
にしていることも多かった。徐々に、母親のことを考えることも減っていった。
いや、わざと忘れるようにしていたのかもしれない。

母親が死んでから1年半、俺が21歳の冬、就職活動の際、本籍を東京に移動させ
る、京都の家を売る、自分の戸籍抄本をとるために京都に帰った。そのとき、
受け取った書類を見ていると何か違うと気づいた。


[ 2014/06/29 18:01 ] 母親 | CM(0)

「虐められてるの私の息子ですよ・・」

905: 癒されたい名無しさん ID:w1zE5Loc

大阪の中ノ島にて、昼食後サボりを兼ねてベンチに座り一服をしていました。
周りには私のようなサラリーマンや、なぜか小学生の団体もいました。
私の横には隣のビルで働くK氏、名前と職業程度しか知らない男です。
向こうの公園で小学生4~5人が一人の子を虐めているのが目に入りました。
虐められている子の持ち物を取り上げ
渡さないようにキャッチボール状態です。また足払いをかけたり、遠くへ
持ち物を投げたり・・。
私「虐めですね・・えげつないもんですね、注意しましょうか・・」
K氏「いえ、ほっときましょう、そのほうがいいんです・・」
私「そうかな・・誰かが止めないと・・」
K氏「虐められてるの私の息子ですよ・・」
私「それなら・・・なおさら」

K氏が息子の名を呼びました。振り向き駆け寄る息子。
K氏「おお、どうした、イヤキチか?堪えるんだぞ、堪えるのが男」
息子「わかってるよ、僕空手してるから、本当はやっつけれるんだけど・・」
「でも僕が堪えるとから、イヤキチは僕で止まるんだよね」
そういって笑いながら駆け出す息子・・・。
ニヤリと笑うK氏・・。
何だか、日本の親子も捨てたものじゃないと、鼻の奥がジ~ンとなりました。


[ 2014/06/29 10:01 ] 子供 | CM(0)

反抗期の時の話しなんだけど、今でも忘れられない。

896: 癒されたい名無しさん ID:hNHwjxru

これ、反抗期の時の話しなんだけど、今でも忘れられない。

幼い頃からずっと片親で育ってきた私は、父親と二人暮らしをしてた。

友達や親戚から見ても、誰から見ても、私を大事に宝物の様に可愛がってくれて、一生懸命働いてくれてた。

私の願い事は無理してでも、自分を犠牲にしてでも叶えてくれた。
風邪の時には仕事さぼってでも側に居てくれてた。
寂しい思いはさせなかったと思う。
二人きりだけどクリスマスや誕生日も毎年してくれた。

けど、十代半ば、反抗期のせいで、父の優しさが凄くうざくなってきたんだ。
心配される事とか、口聞く事も、すべてがうっとおしくなったんだ。

私は毎晩、夜遅く帰って来て、父が心配してくれても、私は父に罵声しかあびせなかった。

友達と遊ぶ事が楽しくて、だんだん家にも帰らなくなった。

そんな毎日を繰り返し、また夜、久しぶりに帰ったら私の分のおかずとか、小さなケーキがおいてあったんだ。

もう誕生日も二~三日すぎてたのに、おいてあって、毎日ご飯作って、いつ帰って来るのか分からない私をずっと待っていてくれてたんだとおもったら、切なくて悲しくて申し訳なくて涙が溢れてきた。

そして無造作に置かれてた小銭入れ、ボロボロな汚い小銭入れ、私が幼稚園の頃に父の日にあげたやつ。まだ使ってたんだ。

父は、ほんとに私を誰よりも何よりも大切な宝モノなんだって事が胸につきささって、父に優しくしてあげられなかった事に、また泣いた。

また後から知った事だけど、私が小さい頃に書いた父の日のカードも、肌身離さず持っていました。

あの一軒以来、私はちゃんと帰るようにはなりました。

そんなこんなで今私は結婚もして、もうすぐで子供も産まれます。

私は父がくれたあの愛情を、これから産まれてくる子供にたっぷりそそぎます。

そんな私をこれからも空から見守っててください。
お父さん、こんな私を育ててくれてありがとう。私はとっても幸せです。大好きだったよ。


[ 2014/06/28 18:01 ] 父親 | CM(0)

彼はコレからもファッキン・グッドな人生を歩むんじゃないかなと。

879: 癒されたい名無しさん ID:/nmLC/By

18の時にアメリカに長期滞在することになったんですがそん時の話。
すっげぇ豪快なおっさんがおりました。ガハガハ笑いながらビールグビグビのんで
何ポンドあんのか分からん肉にむしゃぶりつくような、まぁ頭からヤシの木はえてる系の人です。
彼は銃砲店をやってるんで、ガンオタな私とはすぐ意気投合。
話を聞いてるとベトナムに出てたらしいんですね。おぉ、すっげぇ。
若い頃は女の子が自分から股を開いたくらいのイケメンだったといってました。
(実際イケメンでしたが今は油ぎとぎとなおっさんです)
で、ちょっと口に出せない様な作戦とかにも参加してたらしくって(どんなのか私も知りません)
勲章とかを自慢げに見せてくれました。ここのみなさんはよくわからんと思いますが、
シルバースターやらパープルハートやらいろいろ持ってました。私が知らない勲章も沢山。
そんな人は、普通軍隊に残って職業軍人やってるようなもんだと、私は思ってました。
でも、そのおっさん、なぜか自分の土地に帰ってきてずーっとここで銃砲店やってるみたいなんです。
なんでだろ?と思ってましたがその理由は全然しゃべってくれませんでした。近所の人に聞いても理由は
教えてくれませんでした。
どーしても気になったので、まぁ、酒を一緒に飲んでるときにちょっと探り入れてみたんです。
するとね、あっさり教えてくれました。
ベトナムにいってた頃に地元民と仲良くなったみたいなんです。ベトナム戦争っていっても
必ずしも
「逃げる奴はベトコンだ。打ち返してくる奴はよく訓練されたベトコンだ。ここはほんとに地獄だぜフーファファー!」
状態では無かったようです。でもって、そんなかにプマリって言う子がいたらしいんです。
プマリって子は、彼曰く絶世の美人だったそうなんです。彼らはそれはもう激烈に熱情的な恋に落ちたらしいんですが、
運命のテト攻勢の日。サイゴンとはまた別の都市ですが、北ベトナム共産軍の猛烈な攻撃を受けて
そこから一旦撤退する事になった時、プマリにも逃げる様に教えたらしいんです。


[ 2014/06/28 10:01 ] 恋愛 | CM(0)

そんな素振りもみせず、辛い中一人で頑張っていた母を思うと 胸が痛むと同時に母の愛を感じます。

876: 癒されたい名無しさん ID:W0zxpi5A

人物特定されそうなので詳しくは言えないけど・・・
私が小学生の頃、父が入院してると聞かされていた時期がありました。
私は何の不信感も抱かずに煩くなくて良いなぁ、程度に思っていたんです。
実際はこの時父は、刑務所に居たそうです。
詳細は伏せますが、父は全く悪くなく、家族を守る為に自首(?)したそうです。
今考えれば電話魔の父が全く電話をしてこなかったり、
母も少し荒れていたりと、不可解なことばかりだったように思います。
母は必死にお金を掻き集め、店を一人で動かし(自営で店を経営してます)
父を釈放させたそうです。(詳しくは私も分かりませんが)
何故私は気付いてあげられなかったのでしょうか。
そんな素振りもみせず、辛い中一人で頑張っていた母を思うと
胸が痛むと同時に母の愛を感じます。


[ 2014/06/27 18:01 ] 母親 | CM(0)

見て見ぬフリをする人が多いのに、優しい人もいるものですね。

868: ゆきだるま ID:lZx70pY+

雪道ツルツルでこけてしまった私に大丈夫ですかと若い兄さんが声をかけてくれました。見て見ぬフリをする人が多いのに、優しい人もいるものですね。心少し暖まりました。


[ 2014/06/27 10:01 ] その他 | CM(0)

おかあさん、どんな気持ちであのケーキを一人で食べたのか

849: 癒されたい名無しさん ID:Bz8IU0uy

ちょっとスレ違いかもしれんけど。

ずっと昔のこと。
俺が小学生の低学年のころ。
うちの両親は共働きで父親はタクシー乗り、母親はお店をしてて
二人とも帰ってくるのは深夜近かった。

一人っ子の俺は、学校から帰ると、いつも一人で
晩飯食って、風呂に入って、テレビ観て。しばらくしたら、一人で寝る。
そんな毎日を過ごしてて。

一人っ子で、家に誰も居ないなんて、自由で羨ましいなんて言う人も居るけど
これが結構寂しいもんよ?

寂しくて、寂しくて。時々泣いたりもした。
それでも、いくら泣いても、やっぱり一人で。
母親の店に電話したりして、困らせてしまったことも何度かあって。

そんな母親は焼肉屋をやってまして。
当時の焼肉屋ってのは、土建屋のおっちゃんらがメインの客層で、
そんなお客たちを相手に母親はひとりで夜中の2時まで一生懸命働いてたんよ。

今考えると、元気なおっちゃんら相手に、女一人で夜中まで相手するのは
色々と大変だったと思うよ。

俺もガキながらに、その大変さを何となく感じ取ってて
そんなに文句言ったりすることは無かったと思う。(たぶん


[ 2014/06/26 18:01 ] 母親 | CM(0)

僕にもそんな時代があったのかと そっと耳を傾ける。

846: 癒されたい名無しさん ID:VH4rdEue

休日に熱出した。昼間から布団で寝ている。

子供たちのはしゃぐ無邪気な声が聞こえる。

僕にもそんな時代があったのかと そっと耳を傾ける。


[ 2014/06/26 10:01 ] その他 | CM(0)

その日は涙が止まらず寝ることが出来ませんでした。

820: 癒されたい名無しさん ID:JxHbSaVI

 入社希望の動機は
  なんですか?
`────v────'   技術を身に付けて
                一流の開発者に
                なりたいからです
               `────v───'
                         ,r────────、
                          | ココデサイヨウ サレナキャ |
                          | シュウショク ヤメルヨ   |
                         `ーо──────‐'
                          。゚
      ( ´m)           (A` )
     |(  )            (   ) |
     | ̄ ̄|》   | ̄ ̄ ̄|    《| ̄ ̄|
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


[ 2014/06/25 18:01 ] 母親 | CM(0)

親のサイフから金パクろうとしたら10年前あげた「肩叩き券」がサイフに入ってた

808: 癒されたい名無しさん ID:zKuwsEW3

親のサイフから金パクろうとしたら10年前あげた「肩叩き券」がサイフに入ってた


[ 2014/06/25 10:01 ] 母親 | CM(0)

携帯を拾い交番に届けて下さったKさん

794: 癒されたい名無しさん ID:1j523C8z

スレ違いかもしれませんがカキコさせて下さい。

昨夜、横浜のジョイナスで携帯を拾い交番に届けて下さったKさん
本当にありがとうございました。
普段は忘れ物を絶対しない慎重派なだけに、携帯を持ってないことに気づいた時の衝撃と言ったら…
連れは「絶対盗られてるから、早く止めてもらえ」と言い
ますます不安がつのるばかりでした。
ひょっとしたらと交番を訪ねたところ、あなたが届けて下さったお陰で再び手にすることができました。
交番内の周りの人は盗難だの詐欺だのと物騒な事件でもめている中、
あなたのような方に拾っていただいて本当に良かったと思います。
連絡先が分かりませんので直接お礼ができないのが大変残念ですが、
少しでもお伝えしたくてこの場をお借りしました。
本当にありがとうございました。

駄文を長々と失礼しました。


[ 2014/06/24 18:01 ] その他 | CM(0)

ぼくは、ママにだっこされたことがなかったので、 一回だけでいいからだっこしてほしかったのです。

789: コピペ ID:xLbJXHyZ

敦生君の母孝子さんが車を運転中、事故に遭ったのは敦生君が
生後8カ月のころ。顔がまひし、手でソファをたたくぐらいしか
意思を伝える方法がなくなった。
昨春、入学した敦生君は、友達につばをかける「問題児」だった。
担任の佐藤住子教諭(57)が家庭訪問すると、口からだ液を流す
孝子さんの姿があった。「お母さんのまねをしていただけなんだ」
そう思った佐藤教諭が「お母さんは後遺症と必死で闘っている」
と言い聞かせると、問題行動はすぐに消えた。
佐藤教諭は昨年5月、授業でコンクールの課題図書「しゅくだい」
(宗正美子さん原案、いもとようこさん文・絵、岩崎書店)を読み
聞かせた。
「しゅくだい」はモグラの「もぐ」が主人公。学校で「だっこして
もらうこと」が宿題として出されたが、母親は妹の世話で忙しく、
構ってもらえない。遠慮して言い出せなかった「もぐ」が母親に
宿題のことをきかれ、事情を知った家族がみんなで「もぐ」を抱き
しめるという作品だ。
佐藤教諭は作品にならって「だっこ」を宿題に出した。敦生君を意識
したわけではなかったが「ママは僕をだっこできるかな」ともじもじ
する敦生君に気付いた。「あっくんはきっとママにだっこしてもらう
と思うよ」と言うと、敦生君はうれしそうに跳びはねて家に帰ったという。
言葉を話せない孝子さんは子供をしかる時、つめでソファを引っかいて
表現する。家に帰った敦生君が孝子さんのひざにそっと乗った時、
孝子さんはソファを引っかかなかった。敦生君は「ママ、ちょっと
笑った。ぼくはいっぱい笑った。ママって温かいと思った」と振り返る。
孝子さんはそれからリハビリに熱が入り、人に支えられながらも歩く
足取りがしっかりしてきたという。


敦生君の感想文はこう終わっている。

「ぼくは、ママにだっこされたことがなかったので、
一回だけでいいからだっこしてほしかったのです。
でも、一年生にもなってママにだっこしてなんて、
はずかしかったのです。
しゅくだいが、だっこでよかった。」


[ 2014/06/24 10:01 ] 母親 | CM(0)

「お母さんの子に生まれてくれてありがとうね」

783: コピペ ID:JiM0hzma

漏れのお袋は中卒。
貧乏だったから小学校も、中学校もほとんど行かずに家業の手伝いをしていたようだ。
そして食い扶持減らしのために若くして結婚。
それでも「父さんで良かったよ」っていつも言ってた。
自分に学が無いからって、必死で働いて俺を学校にいかせてくれた。
自分のことには何にもお金を使わなかった。
漏れも就職して、もう中堅社員だってのに
出張の度「何かあると困るから」って封筒に金を入れて無理やり漏れに渡してくれてた。
封筒には「○○え」って書いてあった(○○は漏れの名前)
いつも「え」じゃない「へ」だって言っても
「お母さん学がないから…ごめんね」って言ってた。
そんなお袋が癌になった。
もうどうにもならなかった。
隠してたけど気づいていたようだった。
最後まで漏れは親孝行できなかった。
付き添ってやるくらいしか…
なのにお袋、最後に
「お母さんの子に生まれてくれてありがとうね」って言った。

母さん。僕のほうこそありがとう。


[ 2014/06/23 18:01 ] 母親 | CM(0)

親バカですいませんが、小3の息子が書いた引越しする友達への手紙です。

765: 癒されたい名無しさん ID:G3FRr46y

そろそろ卒業など別れの季節ですね。

親バカですいませんが、小3の息子が書いた引越しする友達への手紙です。
ちょっとこの場をかりて残しておかせて下さい。   

1年1組のことおぼえていますか。
1年1組、2年1組、3年2組ぜんぶおなじだったね。
いろいろなことがあったけど、いまがいちばんさみしいです。
東京にいっても友だちをいっぱいつくってください。
あとかぜもひかないようにしてください。
ぼくはゆうすけくんのことをわすれません。
だからゆうすけくんもわすれないでください。
さようなら。

こういう経験を一つ一つして大人になっていくんだね...


[ 2014/06/23 10:01 ] 友達 | CM(1)

自分を一生懸命励ましてくれた彼女はずっと大切にしていきたいと思いました。

681: 癒されたい名無しさん ID:o4I1wqNM

感動するというか自分がした話


自分には彼女がいます。年上です。
自分は高校生で17歳で、彼女は19歳でもう社会人です。
自分は今までに三人の人とお付き合いさせていただきましたが
その中でも一番好きになることができた人でした。
付き合って初めのうちは、(どうせすぐ別れてしまうんだな)と思っていました。
しかし一緒にすごしたりしていくうちにかけがえのない存在になっていくのが
わかりました。自分は高校卒業したら専門学校に行き彼女と離れ離れになって
いきます。そのことがいつも喧嘩の原因になり「さびしい」とか「別れたい」とか
言い合うようになりました。でもお互い心のどこかで相手を思っているんでしょうか。
なんだかんだですぐ仲直りし関係を続けていっています。
ある日そんな彼女とバスで買い物に行くことになりました。あと二ヶ月くらいで
離れ離れになってしまう頃です。自分は最初「離れ離れになるのは仕方ないんだ」
とか「二年だけ待っていてくれないか」とか強がって彼女に接していました。
そのバスに乗って目的地にたどり着くまで自分は(もう彼女に会えるのは少しなんだ、
こうやって彼女と仲良くしていけるのももうこれが最後になるのかもしれないな)と
考えていたら急に涙が出て止まりませんでした。で涙を隠すために景色をひたすら見て
いたら、彼女が気づいて、「どうしたの!?大丈夫!?」と声をかけてくれました。
そこで自分は先ほど考えていた気持ちを話したら、「大丈夫、今のうちにたくさん思い出
作っていこう、いっぱい写真とって、いっぱいプリクラとってさ。あっちいっても電話とか
するしね!」と励ましてくれました。普段は彼女のほうが泣いて不安がるのに
自分を一生懸命励ましてくれた彼女はずっと大切にしていきたいと思いました。

たいした話じゃなくてすいません。読んでくれた人ありがとう。


[ 2014/06/22 18:01 ] 恋愛 | CM(0)

私が神学生だった頃、葬儀屋でアルバイトをしていた時の話

670: 癒されたい名無しさん ID:J4Ef8CNp

私が神学生だった頃、葬儀屋でアルバイトをしていた時の話です
火葬場の点火ボタンを遺族が押せる所でしたので遺族の娘さんが押すことになりましたが、
「ファイヤー!」と叫びながら押し、それがツボにはまってしまい大笑いしてしまいました。
本人はふざけたつもりが無いようで泣きながら押していて、それがまたアンバランスで爆笑、
周りの人も笑いをこらえていたようです。
今でも遺族が点火ボタンを押すタイプの斎場を見るに付け当時の事を思い出してしまいます
(余談ですが、いつまでも笑いが止まらず遺族ににらみつけられたのがトラウマになって
まもなく辞めざるを得なくなりました)


[ 2014/06/22 10:01 ] その他 | CM(0)

俺を含む大人達にはその言葉があまりにも痛かった。

667: 癒されたい名無しさん ID:zdiE8p+k

親戚にとても仲のいい幼い兄妹がいた。兄は3才の康介ちゃんで妹は2才の愛ちゃん。
21だった当時の俺も可愛くてたまらない子供達だった。
しかしある年末、その仲のいい兄妹の妹の愛ちゃんがトラックにひかれて死んだ。
その愛ちゃんの家族・親戚はもちろん泣いていた。
俺はあまりにも急過ぎて実感がなかった。そして愛ちゃんの兄、康介ちゃんも泣いていなかった。
俺は多分3才だから何が起きたかわかってないんだろうなあと思っていた。


[ 2014/06/21 18:01 ] 死別 | CM(0)

「あっはっは~うるせーばかてれるじゃねーか」 としか言えなかった俺は馬鹿ですか?

665: 癒されたい名無しさん ID:dbhGRgRH

同僚の女の子、後輩に言われた話

入社して隣の席になったのが私なんかでごめんね
こんなにもかわいくなくてつまんなくて仕事のできない私でごめんね
もっと素敵な人が入ってきたほうが○○さんも仕事、楽しかったよね

でも私は職場にいた人が○○さんで本当によかった
あんまり話はできなかったけど、それでも楽しかった
○○さんだから話せたこともたくさんあったし
○○さんがいたから仕事に来るのが楽しかった

と言われたけど、「あっはっは~うるせーばかてれるじゃねーか」
としか言えなかった俺は馬鹿ですか?


[ 2014/06/21 10:01 ] その他 | CM(0)

早く服を着ようとしたその時、服にはさまっている封筒に気付いた。

663: 癒されたい名無しさん ID:4PvuqmnC

今日、姉の結婚式だったわけですよ。
兄弟が結婚するなんて今日が来るまで実感しなかったわけで…
今思い返すと私、お姉ちゃん大好きだったなぁ…
ちっちゃい頃からいつもお姉ちゃんと一緒にいた気がする。
そして恋の話、友達関係の相談、進路、秘密…いつも決まっておねえちゃんに話してた気がする。
今日の朝、姉は
『油性ペンない?』
と一言。
『そこらへんの持ってってぇ~』と私。
支度の遅い私は
『早くしろっ!』
と家族に怒られる…
早く服を着ようとしたその時、服にはさまっている封筒に気付いた。
姉からだ。
『これから話聞いてあげられなくなるけど、たまに帰ってくるから、また話そうね。』
こっちは急いでんだよ!化粧もバッチリなんだよ!なのに泣かせる気かよ…しかも朝探しにきた油性ペンで書いてあんじゃん…自分だって忙しいくせに!へったくそな字で書いてある。本当バカな姉を持つと大変だ!とか思いながら私はそんな姉が大好きだ。
お姉ちゃん。結婚して子供産んでも私はお姉ちゃんの妹だよ!幸せになってね!


[ 2014/06/20 18:01 ] 兄妹 | CM(0)

これからも俺は姉萌えで生きていこうと思います

639: 癒されたい名無しさん ID:yqCayAjN

533 名前:409[sage] 投稿日:04/11/15 02:44:14 ID:1den4eJL
とりあえずレシピに従ってケーキを作る
途中怪しい箇所がいくつか…
出来上がりを見たらなんとか大丈夫そうで安心した
あとは板チョコにHappy Birthdayとか書いてみた
うわ、チョコムースに板チョコ…チョコだらけ…ま、いっか

姉帰宅、玄関まで迎えに行く
「何よぉ、いっつもそんなことしないくせにぃ~」
などと言ってちょっと照れる姉が可愛い
「じゃあいっつもしよっか?」って冗談半分で言ったら、
「おお、いいねぇ~」とか言っちゃってる姉

居間に行く前に着替えるとのことで、部屋まで付き添う
喜ぶ顔を思い浮かべながら着替えるのを待ってた

姉が着替え終わり、居間に行く
おめでとう、とオヤジやお袋が言う
飼ってる猫も姉に擦り寄る
「おねーちゃん、お誕生日おめでとう」
バースデーカードを手渡す


[ 2014/06/20 10:01 ] 兄妹 | CM(0)

その夜コンが帰ってくるかもしれないと玄関にダンボールを置いておいたが、コンは戻らなかった。

632: 癒されたい名無しさん ID:dglv0YPY

ちょっとした思い出書かせて下さい・・・。

私の通っていた小学校は周りが山に囲まれていたこともあってか、
野良犬や野良猫の姿をよく見かけた。

ある日、一匹の小さな子犬が捨てられているのを見つけた。
生まれて2ヶ月くらいの、本当に小さくてフワフワの毛の子犬。
ふらふらと山から校内にまで歩いてきたのか、少し弱っているようだった。
子供ながらに誰がこんなかわいい子犬を捨てたのか、と憤りを感じずにはいられなかった。
どうにか先生に頼み込んで、子犬はしばらく教室の隅っこで飼われることになった。
給食のパンや牛乳をあげ、クラスみんなでかわいがり、子犬はすくすく育っていた。

何日か過ぎ、先生から子犬もいつかは成犬へと育ってしまう、
このままクラスで飼い続けるわけにはいかないと伝えられた。
クラス、小学校内で誰か飼える人はいないかと必死に探した。
でも飼ってくれる人は一向に見つからず、このままでは保健所に送られるかもしれない、
という噂が流れ始めていた。
私は絶対にそれだけはだめだと思い、できる限りの友達を集め、
交代でそれぞれの家でかくまうことに決めた。もちろんみんな親には内緒で。
この時みんなで子犬をコンと名づけた。鼻の辺りの毛だけが黒っぽくてキツネに似ていたからだ。

計画は順調に進み、親に見つかることもなくそれぞれの家で子犬を交代で面倒見ていた。
コンは自分が捨て犬であり、わがままを言ってはいけないこと悟っていたかのように、
くんともなかず、時にクローゼットの中、時に押入れの中でも大人しくしていた。
絶対バレないと思っていた。
しかし、一瞬にして計画はつぶされた。
一人の友人の祖父が子犬を見つけ私たちの計画に気付き、保健所に連れていくと言い出したのだ。
その時コンはただみんなに囲まれて小さな尻尾を振って喜んでいた。


[ 2014/06/19 18:01 ] ペット・動物 | CM(0)

子供と荷物でイッパイイッパイのはずなのに…

628: 癒されたい名無しさん ID:o/wJTQFw

電車でさ、缶が転がってて耳障りだから拾って足下に置いたんだよね。次の駅で、はす向かいに座ってたヤンママが、それ拾って降りたんだよね。子供と荷物でイッパイイッパイのはずなのにさ。なんか、ちょっと感動しちゃったよ。


[ 2014/06/19 10:01 ] 母親 | CM(0)

脳の記憶が薄れていく中、カーチャンは懸命に動物園ね時の記憶を、俺のために最後まで残してくれたのかもしれない…

606: カーチャンの写真 ID:t3J9ogu0

かなりマヂ泣きました。コピペAAなしでスマソ
【1】
幼いとき初めて行った時の写真。母はいつも肌身離さずいつも持っていた

せ・先生、あらもう診察の時間?
カーチャン…オレダヨ。タケシだよ。
きゃはは!先生ったら冗談ばっかり!
………

ねぇ先生。これ見て!うちの息子のタケシ。かわいいでしょ?
…オレ、コノアト オシッコモラシタヨネ、カーチャン

そーなのよ!もう大変だったのよ!でも、かわいいでしょ?
……ウン

あら、そういえばタケシどこに行ったのかしら?
……カーチャン

ちょっと貴方だれ!?なぜ私の大事な写真取ったの!?ドロボー!
…ス、スイマセン…

脳細胞が破壊される病気で現代の医学ではお手上げ。徐々に記憶がなくなって、そのうち心臓も停止してしまう


[ 2014/06/18 18:01 ] 母親 | CM(0)

役に立たないと思っていたのは貴方だけ。この世に役に立たない事は一つもない

599: 癒されたい名無しさん ID:Mjtmf425

丘のうえに一本の大きな木が立っていた。何百年もそこに立っていた
「僕はイツまで生きるのだろうか…。役に立たないのに。あぁ、死にたい。」
そう考えてるうちに春が来て、木の側に小さなタンポポが咲いた。
「木さん、こんにちは」
「こんにちは。小さな太陽さん」

たわいもない会話をしてるうちに夏が来た

「ねぇ、見て。わた毛が風になって飛んでくわ。キレイ‥」
「遠くまで幸せを運んでるんだね」

わた毛を見守ってるうちに秋がきた。

「見て、夕日。あの沈んだ夕日は、どこかの朝日になるのね」
「キレイだね…空がオレンジだ」

夕日に見とれてるうちに冬が近づいた

「タンポポさん、寒くなってきたね」
「……」
「タンポポさん、どうしたの?」
「…そろそろ貴方とお別れかも。短かったけど楽しかったわ。できれば、もう少し居たかったわ‥」
「そんな!死んでしまうの?僕は死にたいと思ってるのに‥君は生きたいと思ってる。僕は生きるのに、君は死んでしまう‥。
ごめんね、役に立たない僕が生き続けて‥変わってあげたいよ。」

「ねぇ…暑い日差しから私を守ってくれたのは誰?
セミさんを泊めたのは誰?
鳥さんの巣を守ったのは誰?
疲れた渡り鳥さんを休ませてくれたのは誰?
サクラを咲かせて人を幸せにしたのは誰?

ぜーんぶ、貴方よ。貴方がいなかったら私たちは、どーすればぃぃの?

役に立たないと思っていたのは貴方だけ。この世に役に立たない事は一つもない
気付いていないだけ
大丈夫。私は生まれ変わるの。
そろそろ眠くなってきた…木さん、また…会いましょ…」
「…ありがとう、タンポポさん。僕頑張るよ。だって皆が僕を頼りにしてるもんね…タンポポさん、おつかれさま。おやすみ‥」

別れを惜しむと冬がきた

(寒い。でも負けない)

くじけぬうちに、春がやってきて

そして、また小さなタンポポが咲いた
(わた毛ここにも幸せ運んでくれたんだ…)
再び聞こえる懐かしい声‥「おはよう」
「…おはよう、タンポポさん」


[ 2014/06/18 10:01 ] その他 | CM(0)

家のワンコは、私が死んでしまった子供を思い出し泣いていた時。いきなり、吠え始めた。

591: 癒されたい名無しさん ID:56K+zIBZ

死にたい。あたしは駄目人間 いつも失敗ばかり まわりの足ひっぱってばかり 生きてるのがツライ てか私、生きてる?さっきまでそう思ってた ここ読んだら涙がとまらなくなった ちゃんと生きてるって気付いた ありがとう


[ 2014/06/17 18:01 ] ペット・動物 | CM(0)

人工声帯からひとことずつ大切に発せられる言葉に、妻は涙を流した。

586: 癒されたい名無しさん ID:I8uzYhEy

今日夕方のTVでやってたドキュメントです。
思い出しながらまとめたので、専門用語等まちがってたらスマソ。

ある裁判官がいた。
彼は、神戸の酒鬼薔薇事件の審判を担当し、
その要旨を初めて公開に踏み切ったことから
『少年審判の改革判事』とよばれ
青少年の更正に心をそそぐ熱心な判事だった。

定年も近付いたある冬の日、彼の体に異変が起こる。
咽喉ガンが見つかったのだ。ガンの切除=声を失う事。
裁判官である彼は、声を失う事に悩みショックを受けた。
しかし彼はその運命を受け入れることにした。
「普通に生きてたら、人生ひとつの立場からしか
ものごとが見れないかもしれない。
 でも、このハンディを背負って弱者になることで、
 ふたつの立場からものごとが見れるようになるから。」と。

手術は無事成功し、彼は声を失った。
そして、咽にあけられた穴から空気を送って、
口にくわえたチューブで話すという人工声帯の訓練を始めた。
3ヶ月後に控える退官の日までに、もう一度公判の場に立つために。
筆談やワープロでコミュニケーションをとりながら、妻と共に声を出す練習の日々が始まった。
人工声帯の発声の訓練に通い、病院でも毎日3時間本の朗読をし、
新聞を読上げては妻に採点してもらうのが日課となった。


[ 2014/06/17 10:01 ] | CM(0)

一人も…誰一人として自分を優先にしてる人などいなかった

581: 癒されたい名無しさん ID:5m9CY41l

貫きたい想いがあったとしても人は状況によって簡単に想いを変えてしまう

だから私は今まで人を信じたことなかった

幼い頃、たまたま旅行に来てたホテルで火事になった。煙で前も見えず、聞こえるのは叫びだけ。
長年つれそった妻でさえも置いて逃げる人
自分の命が大事で子供さえも突き飛ばし先に逃げようとする従業員
誰一人として自分を優先してるとしか思えなかった

恐かった。迫りくる火よりも人の本性が

そんな想いを隠しながら生きてきた。誰も信じず一人で生きてきた。

その中で大地震は起こった
忘れもしない

次第に大きくなる揺れ、倒れる柱、割れるガラス、立つことさえもできない、何が起こっているのか考える暇をあたえない
気が付くと倒れてきた柱によって私は下敷きになってしまっていた。

あぁ、終わりだ。生きたとしても恐かった。また人の本性を見てしまうのが‥

助けなんて期待しない。ただ死ぬのを待っていた。そんな時、声が聞こえた

つづきます


[ 2014/06/16 18:01 ] その他 | CM(0)

その子の母親はガンで長く生きられないのです。男の子はその事実は知りません。

573: 癒されたい名無しさん ID:5m9CY41l

私は昨日小学4年生の子から手紙で相談を受けました

『僕のお母さんに元気になってほしくてプレゼントをあげたいんだけど、僕のお小遣いは329円しかありません。この値段で買えて女の子が喜ぶ物は何ですか?』
という内容でした。その子の母親はガンで長く生きられないのです。男の子はその事実は知りません。

私は今日デパートに男の子を連れていきました。
「お母さんダイエットしてるのかな?ご飯全然食べないし無理して笑ってるみたいなんだ。ダイエットのやつ買えるかな」
「靴かえるかな?お母さんと水族館いきたいな」
「手紙かぁ、恥ずかしいよ!でも書いてみるね。うん、折り鶴に書いてみる」 「お花買えるかな?でも枯れたら悲しいから、サボテンにしようかな?」
「お母さんの手冷たかったから手袋買えるかな?でも、冬しか使えないよね」
「お母さん、キャビア食べたいって言ってた!買えるかな?」

その子の母を思う言葉一つ一つに涙が出そうになりました。

つづきます(長いので分けますね)


[ 2014/06/16 10:01 ] 子供 | CM(0)


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