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ホームレスのおっちゃん。あの人が居たから今の俺がいる。久々に思い出したし今度恩返しに行こう。

18: 癒されたい名無しさん 2004/10/20 03:33:19 ID:1/fVl2M/

おっちゃん その1

俺の人生を変えた・・・
http://www.logsoku.com/r/male/1097854853/
からのコピペ

58 :Mr.名無しさん :04/10/16 01:24:52
俺が地元から失踪した時、西成で助けてくれたホームレスのおっちゃん。
あの人が居たから今の俺がいる。久々に思い出したし今度恩返しに行こう。

60 :Mr.名無しさん :04/10/16 01:27:45
>>58
いいおっちゃんだな

82 :58 :04/10/16 01:59:22
>>60 
そう。お金も底をつき、動く体力も気力も無くなってブルーシートの上でただ
死ぬのを待ってた俺に「若いのにこんなとこで何してんだ。」って声掛けてくれて
2週間ほどビジネスホテル貸しきってくれて、こんな身寄りのない俺を養ってくれた。
で最後おっちゃんもお金尽きて「甲斐性なしですまんな。」ってラストの5千円握らして
くれて「いいか。このお金で誰か心あたりある人がおれば(養ってもらえるという意味)
そこに行きなさい。お前が今いる場所は人間の墓場みたいな所や。お前にはおっちゃん
と違って若さという可能性がある。この街に二度と帰ってきたらあかんぞ。精一杯やって
おいで。でもどうしても、どうしても挫けそうになった時は、またあの日出会った所で会おう
ワシも一日に一回は見に行くようにするから。。」て、駅のホームまで見送ってくれた。
あの人が居なかったら今の自分はここには居なかった。それだけは間違いなく言える。
 長文スマソ

83 :Mr.名無しさん :04/10/16 02:03:30
泣いた…

84 :Mr.名無しさん :04/10/16 02:04:10
>>82
おまえ、それはなんとかせにゃいかんだろ

85 :Mr.名無しさん :04/10/16 02:05:39
ええ話しや・・・ (´;ω;`)

86 :Mr.名無しさん :04/10/16 02:07:27
ナントカセイ

88 :Mr.名無しさん :04/10/16 02:12:27
>>82
おまえそのおっちゃん養ってやるくらいの事はしてやれよ

89 :Mr.名無しさん :04/10/16 02:20:41
せめて倍にして返せ

90 :Mr.名無しさん :04/10/16 02:22:45
>>82
そのおっちゃんを養う、見つけるってのは難しいだろうから、
自分がいい年になったとき、
そのころの自分のような若者にであったら同じようにしてあげなよ。


[ 2014/05/21 22:01 ] その他 | CM(0)

いつも穏やかに微笑んで、その陰にある気の遠くなるような忍耐を 誰にも悟らせない人がいる。

5: もう少しここに ◆16i1keR0oc 2004/10/19 08:25:54 ID:N/IyrM/F

>>1 さくら餅さん、良いスレ立てて下さってありがとうございます。
早速書き込みさせていただきます。

「サトラレナイ」話です。

悟られない人がいる。

いつも穏やかに微笑んで、その陰にある気の遠くなるような忍耐を
誰にも悟らせない人がいる。

悲しいことも、苦しいことも、痛いことも、自分の胸に収めて、
笑顔を絶やさず、泣き言を言わず、頑張っている人がいる。

そんな人を見ると、後ろ姿にお辞儀をしたくなる。
友達の見舞いで通った病院に、そんな人がいた。

顔を合わせるといつも、花のつぼみがほころぶような
のんびりした笑顔で会釈してくださった。話したことは結局一度もなかったけれど、
友達から後で聞いた。そのひと言を聞いて、たったそのひと言だけで、わかる訳でもないけれど。

元気に働いていたのに、ある日突然倒れたらしい。原因不明の高熱が続いて、
ようやく熱が下がった頃には言葉も満足にしゃべれず、身体の自由もきかなくなっていた。
少しずつ、本当に少しずつ、それは進歩しているのかどうかわからないぐらいの、
まるで風に雲が流れてゆくぐらいの、ゆっくり、ゆっくりしたスピードで、
もう何年もリハビリを続けているそうだ。リハビリをやめると、
筋力が徐々に失われてゆき、やがては動けなくなってしまう。

友達も、ほとんど言葉を交わしたことはなかったらしい。
肺に穴が開く病気で入院した友達は、スポーツ選手を続けることを
断念せざるを得なかった。その激しい苛立ちから、家族にも当たり
散らしていたようだ。人のことを気にかける気持ちには、とても
なれなかっただろう。

↓続きます


[ 2014/05/21 16:01 ] | CM(0)

一通り葬儀も終わり家に帰ると、オレ宛てに手紙が来ていた。

958: 癒されたい名無しさん 2004/10/16 06:06:05 ID:w+nN157R

いい話ではないけども。

小4の頃の話。
じいちゃんが、検査の為に入院した。どこか悪いとは聞いてはいた。正直、その時は心配したが、異常なしと出たらしく一般の病室に移ったので見舞いに行った。


いつも通り元気なじいちゃんがいた。いつも通りの笑顔を向けてくれるじいちゃんがいた。
久しぶりに会ったって事もあり、色々な話をした。

そしてその明後日、オレは泊まり掛けでの林間学校に行く事になっていた。じいちゃんに言うと、

「おぅ、気を付けて行ってこい。じいちゃんは不死身だから心配するなw」
と笑いながら言ってくれた。


続きます。


[ 2014/05/21 10:01 ] 祖父母 | CM(0)

こんな苦しいことは家族や友達に降りかかって欲しくないなぁと思う。

954: もう少しここに ◆16i1keR0oc 2004/10/15 23:27:42 ID:ElOxN0h1

去年のクリスマス前に書いた日記です。

9月末にかかった「髄膜炎」という病気の最中に、「大動脈弁閉鎖不全症」という病気を併発した。
髄膜炎は10月半ばで完治して、いったん退院したものの、大動脈弁閉鎖不全による心不全は投薬だけでは改善の気配がなく、
状態悪化にて11月5日に再入院。診ていただいたどの先生からも早期手術を勧められることとなった。

心臓から全身へ送り出されるはずの血液が、ほとんど逆流しているらしい。顔面蒼白はまだいいとしても、
ものの数メートルも歩くと息があがる。心臓がバクバクするし、ときどき突然胸がズキンと痛む。
階段を上がると気が遠くなりそうになる。これが自分の身体なのか?と実感がわかない。

今月は手術を受けるために病院を移ることになった。一時退院して実家に帰り、猫さんたちにも久しぶりに会った。
ちゃちゃさんもかりんくんも、やたらと膝に乗ってくる。どちらかと言えば、いつもは母や妹たちの膝の上にばかり乗る
かりんくんが、今回はなぜかやたら俺の膝の上に乗りたがった。のんびり屋さんのかりんくんなりに、
何かを感じてくれているんだろうか。ちゃちゃさんの軽く1,5倍の大きさと重量のあるかりんくんは、
膝の上に寝そべっているだけで結構重い。だいたいが身体が大き過ぎて膝の上に収まりきらない。
それでも時々こちらを見上げては心配そうにペロペロ顔を舐めてくれるかりんくん。頭をなでると、
顔を近づけて鼻をすりすりしたり、ごっつんこしたりしてくれる。相変わらず、やっぱりちょっと犬みたいだ。

みなでいっしょに紅葉狩りや温泉にでも行けたらよかったんだけど、
そんな元気もなく家にいる間ずっとぐったりしていて、余計心配をかけて申し訳なかった。

身体が弱ると、気持ちも弱ることは今回とてもよくわかった。元気で丈夫なだけが取り柄
だったはずなのに、思うように動かなくなった身体のおかげで、ベッドの上で横たわっている時間が
ものすごく長くなった。本もたくさん読んだ。色んな病気と闘っている人たちともたくさんしゃべった。
余命3ヶ月を宣告された人、左半身不随でさらに両目が緑内障、その上に大腸を全部摘出している人、
原因不明の病気で大きな手術をしたけども、今後も入退院を繰り返すしかないという隣のベッドの若者はまだ21歳。
自分と同じ病気で8年前に手術をしたというおじいさんには、これからのことを面白おかしく教えてもらって、少し安心させてもらった。

友達や家族が心配して何度も顔を見にきてくれる。夜になって突然ポロポロ涙がこぼれてくることが時々あった。
親より先に死んでしまうことだけはしたくない。したくなくてもそうなってしまうかもしれない自分の身体が何よりもどかしい。
こんな苦しいことは家族や友達に降りかかって欲しくないなぁと思う。

↓続きます。


[ 2014/05/20 22:01 ] | CM(0)

わしも女房もな、一目散にアルバム取りにいったんや。

947: もう少しここに ◆16i1keR0oc 2004/10/14 02:25:04 ID:6wlpvjzV

ある日の日記です。

濡れたアスファルトが朝日を浴びて時々きらきら光っている。雨はあんまり降るといやだけど、雨上がりは悪くない。しずくのついた木がすこしうれしそうで、それもまたいい。
以前の日記で「苺の話」として書いたクラウディアさんと弥三郎さんの話が本になっていた。『クラウディア 最後の手紙』。本屋さんでほんの何ページかめくっただけで、
これはまずいと感じた。立ち読みしてても泣いてしまうに決まってる。すぐ買って帰って、一気に読んだ。たぶん今年読んだ本の中で一番いい話になるだろう。
今年はまだ半分も過ぎてないけど、そんな予感がする。

弥三郎さんの話を読んで、別のおじいさんを思い出した。

Aさんは学生の頃、ふとしたことで知り合ったおじいさんで、ちょっと格好いい人だった。油断するとすぐ戦争の話を始めるのが玉にキズだったけど、Aさんの話はどこまで本当でどこから嘘か境目がわからなくて面白かった。
昔は設計技師でな、旧満州の鉄道の設計をしてた。日本に帰りたくても帰れんでな、もうそのまま向こうで骨埋めるもんやとあきらめとった。それがどういう訳か今のこの清掃会社の社長の親父を向こうで世話したんが縁でな、
敗戦のごたごたの最中にどさくさで帰れたんや。墜落しとった飛行機を修理して操縦してな。ようやったわ。でもな、帰ってきたはええけど、大変やったで。食うもんはないしな。なんでもやったわ。元の仕事に戻れたんは
だいぶ経ってからやけどな。ちなみに大阪の地下鉄の設計したんもわしやで。

ほんまかいな。。。どこまで本当なんかさっぱりわからん。

いつだったか、こんな話をしてた。
奥さんが若い頃は物凄い美人で、若かりしAさんは、何とか気をひこうとそれは色んな作戦を練ったそうだ。
奥さんは元々お嬢様で、直接会いに行っても面会させてもらえないような家なので、いつも手紙を送っていたそうだ。
その手紙の内容は内緒と言って教えてくれなかったが、手紙といっしょにある物をいつも同封していたらしい。それは、
Aさんの子供の頃からの自分の写った写真。赤ちゃんの頃のものから、徐々に成長していく自分の写真をいっしょに入れていたと。
会って話したくてもなかなか会えないから、自分のことを少しでもわかってもらうためにそうしたそうだ。

やがて自分の写真だけでなく、自分が撮った色んな写真・・・見たもの感じたもの触れたもの、感動した景色、食べたごはん、
友達と写った写真、親の写真、ある日見た空がきれいだったとか、それこそ思いつくまま送れるだけ送ったそうだ。

うーん。ちょっと唸った。それはすごい。でもそれ本当の話?作ってるんじゃないのー?という突っ込みは無視されて、Aさんの話は続く。

↓続きます。


[ 2014/05/20 16:01 ] 恋愛 | CM(0)

これからきっと、苺を食べる度に思い出してしまうだろう。

943: もう少しここに ◆16i1keR0oc 2004/10/13 11:24:53 ID:vb/yh3Nx

みなさん、いい話を聞かせてくださってありがとうございます。
「Pink」に続き、今度は「苺」という話です。

いつだったか、夜中にこんな番組を観た。

戦争で妻を残して日本を離れ51年間ロシアで暮らした人がいた。名前を弥三郎といった。ロシアでは無実の罪で捕らえられ裁判にかけられた。
無罪が確定してからも再三にわたってスパイの容疑をかけられたが、そんな日本人を「この人はそんな人じゃない」と信じたひとりのロシア人女性がいた。
名前をクラウディアといった。

ふたりはその後37年間、共に暮らした。37年経ったある日、
クラウディアは夫が日本に残してきた妻が生きていることを知る。

様々な想いが脳裏を巡ったことだろう。それでもクラウディアは弥三郎を日本へ帰した。
齢80を越えて、別れれば二度と会うことはかなわないかもしれない。

それでも彼女は日本に残された妻、久子のもとへ、弥三郎を送った。
それは人の犠牲や不幸の上に自分の幸せを築くことは出来ないという想いからのことであった。

果たして、弥三郎は51年の時を経て、妻と再会した。もしあのままロシアでクラウディアと暮らしていたとしたら、、、
それはそれで幸せな人生であったろうと思う。異国から来た自分をなんのためらいもなく信じ、心から愛してくれた。
弥三郎はクラウディアを想い、日本で生きている妻を想った。その想いに一片の曇りもあろうはずがなかった。

人生にはあり得ないような出来事が不意にやってくる。51年ぶりに再会した妻はひとりで暮らしていた。
残された人生を、久子とともに暮らすことを決めた。

クラウディアは後にこんなことを語った。
「言葉ではうまく言えないけれど、弥三郎が大切なのと同じくらい弥三郎の大切な人が大切なの。
弥三郎は私を心から愛してくれた。私には弥三郎と過ごした37年間の幸せな想い出がある。
それだけで充分、これからの人生を生きてゆけるわ。」

久子はクラウディアに心から感謝した。夫を送り返してくれたことだけにではない。
もし夫がロシアで誰とも結婚せず、ひとりでいたとしたら、きっと気がおかしくなっていたことだろう。
夫が幸せに暮らせたのは、クラウディアさんがいてくれたからだ。

弥三郎とクラウディアが日本とロシアに離れてからこの5年間で交わした手紙は150通にのぼる。

「弥三郎さん、毎年最初に取れた苺は、あなたの口に入れていましたね。今年は入れることが出来ませんでした。
弥三郎さん、あなたは久子さんに会えたのです。これから先、二人がともに長生きされることを心から祈ります。」

こんなことがあるんだなぁと思いながら、あまりにも素敵な話だったので急いで思い出しながら書いた。
これからきっと、苺を食べる度に思い出してしまうだろう。

そんな話でした。


[ 2014/05/20 10:01 ] 恋愛 | CM(0)

『〇〇がだいじょうぶならおかあさんもだいじょうぶですおやすみなさいしごとあしたもがんばりなさい』

924: 癒されたい名無しさん 2004/10/13 00:35:25 ID:IdkN42ya

いい話しと言うか最低の話し。

俺は二年前に離婚した。結婚する時は無愛想で頑固で生真面目な親父が柄にも無く冗談なんかも言いつつはしゃいで喜んでくれた。
おふくろもいつもの優しい笑顔で喜んでくれてた。
幸せだった…。しかし、ふいの嫁さんからの裏切りで離婚。
俺自身も勿論死ぬほど辛かったが親はもっと辛いはず。あの二人の笑顔を記憶している俺には到底報告などできなかった。
いや…報告するべきだった…出来るだけ早くしとくべきだった。


[ 2014/05/19 22:01 ] 母親 | CM(0)

この三人はきっと本当の両親と家族になって行くんだろうなぁ

919: 癒されたい名無しさん 2004/10/12 22:41:44 ID:6JocHsoH

二年位前の話なんだけど、友達が子供と旦那さんを残して病死した。

この二人は中学時代の同級生。亡くなった友達には同じく同級生の親友が
居て、亡くなった時の姿は旦那さん以上に辛そう。その位仲良しだった。

一年も経たない内に旦那さんは再婚。親友だった子も結婚してそれぞれ
幸せになった、と思ったんだけど、連れ子(ちなみに女の子)が新しい母親
になかなかなれなく、その内子供が出来虐待が始まってしまったと耳にした。
と、言っても私も亡くなった子の友達ってだけだし、自分の子供の事も家庭の
事もあるから、気の毒にね~程度に話しをしていたんだけど、虐待が本当に酷く
なり、学校でも近所でも評判になってきた。


[ 2014/05/19 16:01 ] 子供 | CM(0)

少女の口から思いがけない言葉を聞いて、胸がつまった。

915: もう少しここに ◆16i1keR0oc 2004/10/12 20:42:23 ID:jtjoC2JB

長文になりますが、読んでいただけたらうれしいです。
「Pink」

6年ほど前の今頃は、花屋に勤めていた。毎日エプロンをつけて店先に立っていた。
ある日、小学校一年生ぐらいの女の子がひとりで花を買いに来た。 淡いベージュのセーターにピンクのチェックのスカート。
肩の辺りで切り揃えた髪が、動く度に揺れて愛らしい。フラワーキーパーの前に立ち止まり、真剣な面持ちで花を選んでいる。

母の日でもないし、クリスマスでもないし、何のプレゼントかなぁと思って、
しばらく様子を見ていた。あっちを見たりこっちを見たり、あまりにも一生懸命でなかなか決まらない様子だったので、
「誰かにプレゼントするの?お誕生日?」と声をかけてみた。
少女は首を横に振る。「お母さんにあげる」と言う。 「お母さんお花が好きなん?」と聞くと、
今度は首を縦に振る。 こんなおっさんが相手したら緊張して言葉にならないかなと思って、
ニコニコ笑顔をがんばってみた。しかし、少女の口から思いがけない言葉を聞いて、胸がつまった。

「パパが死んじゃったの。ママ元気ないの。だからお花あげるの。」
そんな言葉を口にしながら、一生懸命お花を選んでいる。泣きたい気持ちで爆発しそうになった。
「そっかぁ。。。お母さんきっと喜ぶねぇ。」笑顔を頑張れなくなってきた。

それから色々話を聞いてみると、つい最近お父さんが亡くなったこと、お母さんが時々泣いてるのを見かけること、
おばあちゃんに、お母さんがどうしたら元気になるか聞いたら、お花がいいよって教えてもらったことがわかった。

レジの後ろへ駆け込んで、しゃがみこんで急いで涙を拭いて、パンッパンッと頬っぺたを叩いて気合いを入れなおした。

「どれにしよっか?お母さん何が好きかなぁ?」
「これがいい。」指の先にはチューリップ。鮮やかな明るいオレンジ色。
「うん、チューリップかわいいね。じゃあ、リボンつけるからちょっと待ってて。」女の子は大人しくじっと見ている。
「お母さん早く元気になるといいね。」
「うん。」

出来上がった花束を大事そうに抱えて、ニッコリ笑ってくれた。
「ありがとう」「気をつけてね。バイバイ」と言って手を振った。元気よく手を振りかえしてくれると思ったら、ぺこりとおじぎをした。
小さな女の子が頭を下げる姿を見て、限界に来た。どしゃぶりの雨のように涙が溢れて止まらなくなった。
もっと他に言ってあげられることはなかったか、してあげられることはなかったか。 そんな時に限って何にも出てこない。

急に思い立って、駆けていく少女を追いかけた。「ちょっと待って!」
振り返ってきょとんとしている。「ちょっとだけ待ってて。」

店に入ってきたばかりの小さな小さなチューリップの鉢植えを急いでラッピングして、
メッセージカードに「はやくげんきになりますように」とひらがなで書いた。
その時初めて名前を聞いた。「みかより」と書き添えた。

「これもいっしょにプレゼントしてあげてな。これは親指姫っていう名前の
チューリップやねん。かわいいでしょ?」
「うん。ありがとう。」もう一度、さっきより、もっといい顔をしてくれた。
「バイバイ。ありがとうね。」 「バイバーイ。」 花よりも何よりも、輝くように明るい笑顔だった。

後日、お母さんと、おばあちゃんと、みかちゃんが店にやってきた。
わざわざお礼を言いに来てくださったのだ。ピンクのチューリップで
花束を注文してくださった。

「この子はピンクが好きなんです。私がオレンジ色が好きなものですから、こないだはオレンジを選んでくれたみたいで。」
みかちゃんはただニコニコしている。

花束を本当に嬉しそうに抱えながら、お母さんとおばあちゃんを交互に見上げる。
「よかったね」おばあちゃんが頭をなぜる。お母さんは優しい顔で見ている。
「うん!」

お母さんはきっと元気になられたことだろう。 小さな小さなみかちゃんの笑顔は、今も明るく輝いていることだろう。

長文、大変失礼いたしました。


[ 2014/05/19 10:01 ] 子供 | CM(0)

ほとんど無意識にされたであろうその行為に母の愛情の深さを知った。

908: 癒されたい名無しさん 2004/10/11 21:45:06 ID:lWo2Nn9I

10年前、まだ俺が高校生の時だ。日曜日に学校で検定試験があった。
しかし、俺は激しく寝坊してしまった。乗る筈だった電車は出発している。
田舎の宿命だ。次の電車は30分後、試験には到底間に合わない。
母に、学校まで送ってもらうことにしたのだが、道すがらグチグチ説教を垂れてきた。
せっかくの休みなのに起こされて不満だったんだろう。
だらしないだの、寝る時間が遅いだの、延々と出てくる避難に自業自得とはいえうんざりしていた。
混んだ道を避け、車は裏道を順調なペースで飛ばしていた。あと4,5分で着くな、という頃だった。
前方の交差する道路から、一旦停止の表示を無視して一台の車が飛び出してきた。
突然のことだった。ぶつかる、と思った。
母の反応速度は思いの外速く、即座にブレーキを思いきり踏んだ。
タイヤがーキーーーと音を立て軋む。身体は大きく前に放り出される感覚。
車はぴたりと止まった。どこもぶつけず、かすりもせず、事なきを得た。
母も俺も無傷だ。正直ビビったが、それ以上に感動していた。
その咄嗟の状況下、母が俺を庇おうとしたからだ。
右手でハンドルを掴み、ブレーキを踏むと同時に、左手で助手席にいる俺の身体を守ろうとした。
コンマ何秒の世界で、ほとんど無意識にされたであろうその行為に母の愛情の深さを知った。
どんな状況下でも、母とは子を守るために無意識に動けるのだ。
一生大事にします、と思った。休みの日にゆっくりしてもらえるようにちゃんとします、とも。
学校に降ろしてもらい、別れ際に言った。「ありがとう。気をつけてゆっくり帰って。」
「はい」微笑んだ母を乗せて車は去っていった。

他の人みたいに泣けるエピソードはないのだが、自分にとっては忘れられない出来事です。
長文・駄文でスマソ。


[ 2014/05/18 22:01 ] 母親 | CM(0)

俺の優しさはそいつの人格形成に多大な影響を与えた事間違いなし。

902: 癒されたい名無しさん 2004/10/11 10:51:10 ID:rKBqwQ2z

スーパーでバイトしてたときに、工房の新入りがミカンの入ったダンボール
ひっくり返してそこらじゅうにミカンを転がしてたから、一緒に
拾ってやったらそいつ俺が上がる時に「お疲れ様でした!!」って
デカイ声で挨拶してきた。
よっぽど嬉しかったらしい。

俺の優しさはそいつの人格形成に多大な影響を与えた事間違いなし。
イイ話しだろ?


[ 2014/05/18 14:01 ] その他 | CM(0)

一緒に卒業しようねっていわれたけど ( ´_ゝ`)って気分だった。

889: 癒されたい名無しさん 2004/10/10 10:04:11 ID:OTLoWO0D

高校だるくなってロクにいってなくて、
まあ成績もオール4からオール2まで落ちたわけだ。
親とかとかも取っ組み合いのけんかとかして、
そりゃ心配かけただろうけどもう家にもあんまり寄り付かなかった。

んで、あと英語一回休んだら高校4年目確定とまで言われたわけで、
流石にちょっと勉強しなきゃと思ったときに
1年以上疎遠だった友達となんとなく縁が復活して
アタマのいい子だったから教科書から試験対策まで本当にイロイロ助けてもらった。

その子がセンター試験で
兵庫の名門国立に入りたいって笑って
漏れは正直ちょっと嫉妬した。漏れにはもう無理な世界だからさ。

試験おわって電話きて、
まあなんとかいけたかなーって言われて、
一緒に卒業しようねっていわれたけど
( ´_ゝ`)って気分だった。


[ 2014/05/18 10:01 ] 恋愛 | CM(0)

「お前ら・・・金魚食ってたのか・・・」

882: ガイシュツかなぁ 2004/10/09 22:23:39 ID:XqPirrWj

3年前の話。
当時、金融屋をやっていたんだけど<裏金>その年の夏。いつものように追い込みかけに行ったら、
親はとっくに消えていたんだけど子供が2人置いてかれてた。5歳と3歳。上は男の子、下は女の子。
俺はまだペーペーで、周りの兄さんらと違って顔も怖くなかったらしく家に行ったときすぐに下の子にな
つかれた。ボロボロの服で風呂にも入ってなくて、「いつから親はいないんだ?」って聞いても答えない。
「何食ってたんだ?」って聞いたら、上の子は下をむいて泣いた。下の子が「こっち」って手を引いて裏庭
に俺をつれていった。破れた金網を通ってでたところは、小学校の裏庭だった。「あのね、みーちゃんこ
れ食べたの」って池を指す。嫌な予感がした。だってさ、その池って金魚がウヨウヨ泳いでるんだよ・・・。
2人を抱きかかえて家に戻ると、テーブルに小さいボウルと茶碗。「お前ら・・・金魚食ってたのか・・・」
って聞いたら「・・・うん」すっげーやるせなくて涙がでて、俺もその場にいた兄さんらも泣いた。
すぐに兄さんがたくさん食べ物と洋服を買ってきた。近くの銭湯で体を洗ってやった。その後、俺らじゃ
どうしようもないから施設に連絡をいれた。連れていかれる時に「お兄ちゃんありがとう」っていってた。
・・・全然ありがとうじゃねーよ・・・俺たちがお前らの親を追いつめたのに。俺を含めて何人かはこの後、
仕事を抜けた。ただ救われたのは、こいつらの親がきちんと出てきた事だった。


[ 2014/05/17 22:01 ] 子供 | CM(0)

数年たった今でも部屋の机の上には ボロボロの財布と、黄ばんだピン札が大事にかざってある。

856: ピン札 2004/10/05 22:12:13 ID:8LpNhq6D

3年ほど前の話・・・

介護職員をやっていたころ、春増さん(仮名)というおじいさんに出会った。
年でもう歩けなく、糖尿やらなんやら・・・
カタコトしか話せないんだけど、意識はしっかりしていた。
他の老人達もいるなかで、なぜか春増さんとよく話をした。
昔足が速かっただの、女にもてただの・・・
早く結婚しろだの、散髪しろだの・・・
あまり長い話は理解できないらしく、毎日少しづつ会話をした。
私の祖父祖母は幼いときに亡くなっていたので、
春増さんの事を自分のおじいさんのように思っていた。

そんなある日
初めて遅刻をした。
バスに乗り遅れ、2時間ほど。
ただの寝坊だった。


[ 2014/05/17 16:01 ] 死別 | CM(0)

アムは俺の言葉をわかってたのかな。

831: 癒されたい名無しさん 2004/10/02 06:18:39 ID:rn1nY9DD

なんかこのスレ見てたら感動して昔のこと思いだしちまった。漏れにも書かせてくれ。

うちの実家は両親共に結婚反対されてて、今でこそ中流だけど、小さい頃は貧乏だったんだ。両親は仕事で忙しかったから、俺が少しでも寂しい思いをしないようにって、知り合いからシベリアンハスキーをもらってきた。2歳のころかな。名前はアム。
その後すぐ弟ができて、漏れらは三人で散歩するのが日課になった。山にも川にも一緒に行った。

それからさらに10年もたつと、アムは漏れよりずっと歳を取った。
セキみたいなのをたくさんするし、動きも鈍くなった。
心配になって獣医に連れてったけど、心配ないって言われた。

半年後、別の病院でフェラリアだと言われた。

心配で寄生虫が大きくなってた。「あと半年早く連れてきてくれれば」と言われた。悔しくて悲しくて、その場で涙が出た。
アムはどんどん痩せて、皮膚がただれてご飯も食べられなかった。
見てるのがつらくて「お父さん、アムがご飯食べないよ」と庭から家に呼びかけると、
もう動くことさえままならないはずのアムが、起き上がってご飯を食べはじめた。
漏れは嬉しくてそれを家族に伝えに行った。アムの所に戻ると、またぐったりしていた。
皿の上には、さっきと同じ状態で同じ場所にご飯が残っていた。
一口も食べた跡はなかった。
明くる日の早朝に、アムは逝った。

アムは俺の言葉をわかってたのかな。
俺の話をずっと聞いてくれていたのかな、と思う。
アムが逝って以来、うちに家族は増えてない。


[ 2014/05/17 10:01 ] ペット・動物 | CM(0)

ばあちゃんが死んでからその猫の居場所はなくなっちまった。

814: 癒されたい名無しさん 2004/09/28 06:55:00 ID:1XnXB//a

久々に良スレハケーン!漏れにも書かせてくれ…
 
漏れの実家は広島にある。家は結構大きいほうで、なんとか自慢できるくらいの庭もあった。
うちをここまでにしたのはばあちゃんとじいちゃんのおかげだ。戦後すぐに海軍から帰ってきたじいちゃんは、ばあちゃんと二人で会社を始めた。

その会社を二人で一生懸命大きくして、やっとじいちゃんも親父に跡を譲った頃、ばあちゃんが死んだ。
心臓病で半年ぐらい入院してからの大往生だったよ。でね。

その死んだばあちゃんは大の猫好きで、捨て猫を見ては拾ってきて、俺が物心つく頃には家には5匹くらいの猫がいた。
そのうちの一匹に「ミーコ」ってメスの三毛猫がいたんだ。そいつはばあちゃんと同じぐらい年行ってて、うちの猫の中でも威厳を保ってたかっこいい猫だった。

そいつはいつもばあちゃんの背中に乗っかって、散歩する時もいつも一緒だった。はたから見ればその姿は「妖怪かよ!」と思われても不思議じゃなかったと思うね。

でも、ばあちゃんが死んでからその猫の居場所はなくなっちまった。
いつも乗っかってたばあちゃんのあの背中がなくなってから、ミーコは毎日縁側でぼーっと庭を見てた。
ばあちゃんが大好きだった庭を見ながら、毎日そうしてたんだわ。
俺ら家族はミーコの元気が出るように、話しかけたり撫でてやったりするようにしてた。
でも、ある日親父が縁側でぐったりなってるミーコを見つけたんだわ。びっくりして病院に連れて行ったら、老衰でかなり弱ってます、って。

そりゃもう二十数年生きてきたような化け猫だったから、仕方ないとは思ったよ。家に連れて帰ってから、みんなで介抱してあげた。
そうしたらある日、じいちゃんがミーコの様子を見に来たんだ。するとミーコのやつは、思い出したようにじいちゃんの背中に登ろうとするんだ。

もう動く力もないだろうとおもってたのに。一生懸命爪立てて、必死で登ろうとするんだよ。
そしたらじいちゃんはガリガリになったミーコの体をそっと背中に乗せて、「庭を散歩してくる」って。

その夜にミーコは死んじまった。最後に庭が見れて幸せだったろうって、親父は言ってたよ。

で、うちの主みたいな猫だったんだ、通夜ぐらいはしてやろうってなったわけ。
んで家族一同集まって、ミーコの写真をばあちゃんの仏壇の横に飾って、ささやかな通夜を上げたんです。
人も猫もおらんようになって、さみしゅうなるのーって酒飲んでた。
そしたら、うちでミーコの次に年配のミルキーって猫が、じいちゃんの背中にちょこんと座ったんだ。
じいちゃん号泣。漏れも泣いちまったよ。何だよお前ら、猫のくせに人慰めてんじゃねーよ、って。

それ以来その猫はじいちゃんの背中が居場所になってる。でももし、じいちゃんが死んだ時、ミーコみたいに居場所がなくなるのはかわいそうだから、そん時は俺が背中を貸してやろうと思ってるよ。

でもじいちゃんにも猫にも、いつまでも元気でいてほしい。実家に帰ったら目いっぱい酒飲もうな、じいちゃん。

マジ駄文スマソ。


[ 2014/05/16 22:01 ] ペット・動物 | CM(0)

ボケている事を利用し、叔父の死を伝えなかった

804: 癒されたい名無しさん 2004/09/25 19:45:20 ID:5M+XO+8N

僕のおばあちゃんは今年で100歳になる。
13年前に自宅の玄関で転倒して骨折、以来寝たきりで
今は養護老人ホームで余生を送っている。

1年前に叔父、つまりおばあちゃんにとって実の息子が
不治の病で死んだ。

おばあちゃんはそのことを知らない。
親戚同士で話し合い、高齢のおばあちゃんの体を思って秘密にしている。

ばあちゃんっ子だった僕は、
暇があればおばあちゃんに会いに行くことにしているが、
最近は行くと必ずおばあちゃんが、
「電話を貸してくれ。××(叔父の名)が全然来てくれへん」
という。


[ 2014/05/16 16:01 ] 祖父母 | CM(0)

手洗い場でバケツに水を汲むと教室に戻り その女の子にぶっかけました

788: 癒されたい名無しさん 2004/09/23 22:59:20 ID:HSLjz/Br

中学校1年のときのこと
授業中に隣の席の女の子がおしっこ漏らしていました
女の子の席は一番後ろのはじだったので他には誰も気がついてない様子
僕はおもむろに席を立って無言で廊下へ
先生が後から追いかけてきたけど無視して手洗い場でバケツに水を汲むと教室に戻り
その女の子にぶっかけました
教室中大騒ぎになり、学校に両方の親まで呼ばれました
うちの親は相手の親に平謝り
なぜそんなことをしたのか問い詰められましたが
僕は結局最後まで口を割りませんでした
家に帰る途中で女の子が事実を親に話したらしく
お礼を言いにうちまで来ていました

時は過ぎて今その女の子は僕の奥さんです


[ 2014/05/16 10:01 ] 恋愛 | CM(0)

「もう死ぬんだな」と子供心に思ったその時…

785: 癒されたい名無しさん 2004/09/23 13:41:00 ID:YVeMi+Qx

小学校3年生の時、海に行って溺れた。
親は大人同士で話をしていて、気づいてくれなかった。
胸くらいの深さの所を歩いていたら、急に深くなって(2mくらい?)
突然沈んでしまって、あとはもがいてももがいても出られなかった。
沢山水を飲んでしまって、頭の遥か上の方に水面が見えて
苦しくて「もう死ぬんだな」と子供心に思ったその時
身体を掴まれて水から引きずり出された。
知らないおじさんが助けてくれた。
足の付く深さまで来たらおじさんが言った:
「砂浜まで連れてってやることも出来るけど、それだとあんたは
一生、海が怖くなるから、手を持っててやるからバタ足して自分で帰れ」
苦しかったけど、おじさんに手を引かれて自力でバタ足で浜辺まで辿り着いた。
見たらもうおじさんはどこにもいなかった。
あの時のおじさん、ありがとう。
お陰で、海も水も怖くならなくて済んだよ。
中学校では水泳部に入ったよ。
大して泳ぐのは早くなかったけど、泳ぐのが大好きになったよ。


[ 2014/05/15 22:01 ] 祖父母 | CM(0)

親父の退職祝いのカメラを質屋に売った。

779: 癒されたい名無しさん 2004/09/23 02:29:10 ID:KCmjz/yL

高校の時
親父の退職祝いのカメラを質屋に売った。
俺を疑う親父。俺をかばうお袋。
でも本当に犯人は俺だって分かった時、親父
どんな気持ちだっただろう。
この件に関しては何故か親父から
怒られた記憶が無い・・・・
ほかには怒られた記憶殴られた記憶が山のようにあれど・・・
このときの記憶だけ無い。
なんでだろう。

もう20年以上も前の話だけど
親父が死んだ今
気にかかる
ショックだったろう
ひどいことしたな・・・
親父 ごめんな?
本当に悪いことをしたな・・・

仕事人間だった親父の退職祝い
息子に質屋にぶっこまれて
すべてを否定された気になっちまったのかな・・
俺馬鹿だから  ただ金欲しかっただけで
親父を侮辱するつもりなかったんだけど・・
あやまっても謝りきれないよな

カメラは買い戻して今は大切に保管しとります。
安心して下さい。

本当に申しわけありませんでした。


[ 2014/05/15 16:01 ] 父親 | CM(1)

ある日 料理が下手な母が珍しくオムライスを作ったのである

767: 癒されたい名無しさん 2004/09/19 22:45:51 ID:cuaPSE7j

ある日 料理が下手な母が珍しくオムライスを作ったのである
俺はそのオムライスを見て
「こんな焦げたオムライスいらないよ。」と言いスプーンを床に叩きつけた
母は俺にこう言った「ごめんね・・・○○」
少し反省しながらも部屋に戻りFFをやったのである

そしてその1週間後 俺は仕事の出張から家に帰ったが
いつもの母の「おかえり」という声が聞こえないのである
俺はこの後 台所で倒れている母を見つけ病院に行き母の死を知らされたのである
ボーッとしながら家に帰り誰もいない静かな部屋を見ていると涙が出そうになった
ふとテーブルを見てみるとオムライスが置いてあるのを見つけた
そのオムライスは冷たくなっていたが今まで食ったどのオムライスよりもうまかった
台所に皿を片付けにいくと卵の割れ殻が大量にあるのを見つけた
その横には玉子焼きの失敗作みたいのが大量にあった

いつも顔にシワを寄せてサスペンスドラマを見ている母を思い出すと涙が出てきた
父が死んだとき母は葬式のときでは泣かなかったけど部屋で母が泣いているのを
見た俺は「もう会えない」ということを思うと釣られて涙が出てきた

今では子供に恵まれ妻と幸せな家庭を築いています。母や父にも子供の顔を見せたかったです


[ 2014/05/15 10:01 ] 母親 | CM(0)

訳の解らない事が起こりました。 意味の解る人いたら教えてほしい。

760: 癒されたい名無しさん 2004/09/19 17:02:33 ID:y/lBUUqu

訳の解らない事が起こりました。
長文になるが、聞いてくれ。
意味の解る人いたら教えてほしい。

1人暮らしのアパートに来客があった。
息を切らせた女性で、室内に入れてくれと言う。
切羽詰った様子の「お願いします。」に圧倒されて部屋にいれてしまった。
水をくれというので取り合えずソファに座らせて何があったのか聞き出そうとしたが
「もう、大丈夫だから。」と何も語ろうとしない。
見たところハタチ前後のかなりの美人さん。
そのうちに彼女が「おそれいりますが、○○様に(俺の名ね。)お願いがあるのですが。」
と切り出した。
その古風な物言いと(それまでも感じてはいたのだが)
様付けで呼ばれたのが妙に気にかかった。


[ 2014/05/14 22:01 ] その他 | CM(0)

父は酒を飲むと暴力を振るう人だった。

748: 癒されたい名無しさん 2004/09/17 05:19:59 ID:Axy3KkT0

父は酒を飲むと暴力を振るう人だった。
私は怯えながらなだめる母を見ているだけだった。
ある日、小学校から帰ってくると母は畳に横になって寝ていた。
母に背を向けて酒を飲んでいた父がめずらしく静かだった。
不思議に思いながらも母の脇に潜り込み私もいつしか眠ってしまったが
夜の九時頃に目が覚めた私は母がまだ目を覚ましていない事に気が付き、
体を揺すったり声を掛けてみるがまったく反応がなかった。
父を探したがどこにも居らず必死で近所に助けを求めた。
母は死んでいた。
二日後に父が姿を現した時、なぜ助けてやらなかったのかと問いただしても
父は答えてくれなかった。
その時、こいつには絶対に世話にならないと心のなかで固く誓った。
中学卒業と同時に家を飛び出してアルバイトをしながら高校に通い、
奨学金の下りる東京の大学に入り必死に勉強した。
そして教師という職についた時に父が入院していると親戚から知らされ
十三年ぶりに父と顔を合わせた。
父はベッドから私を見上げて「すまなかった」と呟き涙を流した。
その瞬間「勝った!」「この人に、私のこれまでの人生に勝った」と確信した。
母が死んだ時の事実など望んでいない。
心無い人間かもしれないが母より私への謝罪が一番欲しかった。
長く張っていた物が切れて、涙が止まらなかった。
それから一週間後に父は逝った。

人から聞いた話


[ 2014/05/14 16:01 ] 父親 | CM(0)

今でも夜になると隣の部屋からはあの隣のお姉さんのすすり泣く声が毎晩聞こえてくるんだ

743: 癒されたい名無しさん 2004/09/16 22:46:59 ID:Z5QTUfEd

10年前、俺は小さな
アパートに住んだ。引
っ越した日、俺は隣の
住人に引っ越しの挨拶
にいった。出てきたの
は笑顔が素敵な年上の
きれいなお姉さんだっ
た。まだ18才で童貞
だった俺は、一発でそ
の女の魅力に惚れた。
それからというもの俺
は偶然を装って廊下で
挨拶をしたりしてた。
お姉さんは嫌な顔ひと
つせずに俺に接してく
れた。すげぇ幸せな恋
だったよ。ある日、俺
がバイトが終わって帰
ると、警察官や救急隊
がたくさんいた。話を
聞くと自殺があったら
しい。いやな予感がし
た。でもその予感は的
中してた。俺の恋した
隣のお姉さん…お姉さ
んは帰らぬ人になった
。名前も知らない隣の
お姉さん。俺のくだら
ない人生に、ひととき
のトキメキを与えてく
れた隣のお姉さん。俺
はその晩、悲しさと悔
しさで泣いた。いつも
笑ってた隣のお姉さん
、その影にあった死に
たいほどの苦しみに気
がつけなかった自分。
そうさ、俺はたかが、
ただ隣人だよ。それが
悔しくて何もできなく
て泣いた。十年たった
今、俺はまだこのアパ
ートに住んでる。今で
も夜になると隣の部屋
からはあの隣のお姉さ
んのすすり泣く声が毎
晩聞こえてくるんだ


[ 2014/05/14 10:01 ] 恋愛 | CM(0)

『尊敬する人』という題で作文を書かされて、弟は俺のことを書いたらしい。

736: 人は誰も死なないのだけど(1/2) 2004/09/16 17:18:29 ID:Ppel8a1z

貧乏ネタ

バブルがはじける前、うちは割と景気が良くて、
だけど家の中は荒んでた。
父ちゃんはほとんど家に帰ってこないわ、他に女を作るわ、イライラすると母ちゃんを怒鳴る。
母ちゃんは俺にあたる。
俺(長男)は弟(次男)を虐めてた。
まさに殺伐。

で、バブルがはじけた。
俺が高校のときだった。
父ちゃんは根は優しい人なんだろうと今になって思う。
父ちゃんが他人の連帯保証人になってて五億近い借金を背負った。
家族全員生きるのに必死になった。特に父と母が凄かった。今でも尊敬してる。
もうちょっと細かく書けばみんなも尊敬するんじゃないかってくらい頑張ってた。


それとは別の話。

俺は高校卒業後は大学に進学したかったけど、金が無かった。
だからバイトをした。俺は毎日毎日働いてた。
色んなバイトをした。
21時出勤で5時終業のバイトもした。(安全靴持参)
デパートのバイトではお姉さんたちが可愛かった。
最後のバイトが一番長く続いて、最後は店長代理をしてた。苦情処理の達人になりました。
バイトと勉強漬けの毎日を二年間続けた。


[ 2014/05/13 22:01 ] 兄妹 | CM(0)

やれ出世だ高給だ、要領よくとしか言わない親とは大違いだった。

731: 癒されたい名無しさん 2004/09/15 22:57:26 ID:AuwkFSm3

13~4年前、俺は親元を離れて一人暮らしの大学生…という名のロクデナシだった。
自己愛性人格障害の父親に反発しつつも影響をモロに受けプライドばかり高く、
傲慢さを誇りと取り違え、感謝の気持ちを知らない鼻持ちならない香具師だった。

そんなとき俺は交通事故を起こした。原付で90歳の爺さんにぶつけてしまった。
夜中とはいえ横断歩道を渡っていたのに直前まで気が付かなかったこちらのミス。
地元の名士だったらしく、集まってきた付近の住民たちが口々に俺を責め立てる。
救急車で運ばれる爺さん。オタつきながら俺はこう考えていた。
「これで前科者か?どうしよう…」「死んじまったら補償が…」下衆だった。どうしようもなく。

一緒に走っていた友人に付き添われ、逃げ出したい衝動を堪えつつ病院まで付いていった。
こいつは警察の事情聴取にまで付き合ってくれた。
そして略式裁判。思ったより処分は軽かった。弁護士だった爺さんが減刑嘆願したのだと判事が教えてくれた。

爺さんが退院したと聞き、菓子折を持って友人と見舞いに行った。その時爺さんはこう語った。
「事故を起こして怖い、逃げ出したい。そう考えてもおかしくないのにキミは頑張ってくれた。
 そんな若者を前科者にしたくはなかった。それに次は僕が頑張る番だと思えたからね。」
奥さんに聞いた話では、事故が脳内出血を誘発しかけたらしい。
そんな状況でこちらの事まで気にかけてくれたとは…雷に打たれたような衝撃を受けた。
それまで俺は「正直に生きるのはバカ」だと教えられ、信じていた。
だが爺さんは(そして友人は)このDQNに教えてくれたのだ。「誤魔化すな。人には誠意でぶつかれ」と。命を張って…。

2年後、地元に近い県庁所在地の市役所に就職が決まった。真っ先に爺さんに報告したかった。
爺さんは健在だった。そして戦前の官庁勤めの経験からこう語ってくれた。
「欲や誘惑に走るな。市民のために尽くせ」と。
やれ出世だ高給だ、要領よくとしか言わない親とは大違いだった。

月日は流れた。爺さんや友人とも距離が離れたせいか疎遠になってしまった。
爺さんに教わった生き方が出来ているか…と今でも考える。
出来ていなければせめて伝えよう。父親として娘に、妻の胎内の子に。
友人に恵まれたこと、こんな気骨の士にめぐり合えた事を。そして…爺さんが命がけで教えてくれた事を。


[ 2014/05/13 16:01 ] 祖父母 | CM(0)

今日の夜中に15年間ほど生きた猫(♀)が死にました。

711: 癒されたい名無しさん 2004/09/13 10:41:47 ID:MMY3kAHj

今日の夜中に15年間ほど生きた猫(♀)が死にました。
私が物心ついたときには傍にいて、
いつも「にや~ん」と私の足に顔をスリスリ擦り付けてくる、とても可愛い奴でした。

ここ1ヶ月ほど、イキナリ毎日毎日鳴くようになり、色々と忙しかった私は
日に日に「うるさいなぁ」とケムたがるようになり、猫を避けるようになりました
そして、ある日を栄えにエサ箱に入ってるキャットフードは減らくなりました。
夕飯中に父があげるカツオブシしか食べず、
私はエサに飽きたのかな~と愛猫の異変に気づきませんでした。
前は缶詰のエサを嫌い、絶対に食べなかったのにも関わらず
母が「食べないかもしれないけど・・・」とダメ元で買ってきた缶詰のエサをハグッハグッっと声をあげて食べました。

前はあんなにコロコロしてたのに、日に日にに痩せ細り、毛並みは悪くなる一方。
自分で自分の毛をむしり、赤く血が滲んだり・・・そんな日が数日続きました

それでも、私が名前を呼ぶと「にゃ~ん」とドコからともなく返事をします
きっと大きな声をあげるのは辛いハズなのに・・・今これを打っていてその情景が鮮明に蘇ります。

なんで「ウルサイ」だなんて言ってしまったんだろう
どうして「あっち行って」と廊下に出してしまったんだろう
もっといっぱい遊んであげればよかった!
友達家に行っててお前の死に目にも会えなかった私を許して!

あんな酷い言葉を言ってしまって本当に後悔してる
怒ったりもしたけど本当は大好きなの。

もう会えないけど、あなたのことは一生忘れないから。
ごめんね・・・そして長い長い15年間、私と仲良くしてくれて本当に有難う。


涙が出るほど良い話では無いんですが、皆さんに聞いてもらいたくて。
1時から火葬場へ行って焼いてきます。(学校は休みました)
今、背後には私のタオルケットに包まれて愛猫がスヤスヤと眠っています。


[ 2014/05/13 10:01 ] ペット・動物 | CM(0)

祖母は入院後1ヶ月ほどで亡くなりました。 その時の手紙です。

701: 癒されたい名無しさん 2004/09/11 14:33:30 ID:7V/U3aP3

627 名前:大人の名無しさん 投稿日:02/04/20 14:08 ID:ietIbiLR
彼との結婚を私(25歳)の父と母は猛反対していました。
彼は昔両親を亡くして、祖父母に育てられていました。
そして4年前祖父が亡くなり、彼は32歳になる今まで84歳の祖母と二人暮しでした。
それが反対の理由でした。
「何も結婚してすぐに介護が目の前にあるような結婚をする事はない」と。
結婚を申し込みにきた彼と彼の祖母ににもそう言い放ったんです。
その2日後でした。
彼の祖母が置手紙を残していなくなりました。
仕事から帰った彼からの電話で、私達は必死で探しました。
探して探して探して
空が明るくなりかけた頃、彼の祖父の眠るお墓の前に座りこんでいる祖母を見つけました。
歳も歳だったので衰弱し、そのまま即入院になりました。
その事がきっかけで、私の両親も私達の結婚を許してくれ
結婚式はせず、すぐに籍だけをいれました。
もう10年近く前の話です。
祖母は入院後1ヶ月ほどで亡くなりました。
その時の手紙です。


[ 2014/05/12 22:01 ] 祖父母 | CM(0)

さよなら青い鳥は名作。

693: 癒されたい名無しさん 2004/09/11 03:28:39 ID:9n2tzDHy

さよなら青い鳥は名作。


694: 癒されたい名無しさん 2004/09/11 04:43:46 ID:wgs0XIt4

>>693
確かに、「さよなら青い鳥」は俺の運命を変えた。

見た後に当てもないフリーター生活から
一年半、死に物狂いで予備校に通いながらヒガミ根性で勉強して
20代半ばで、とある国立大学へ入学する事ができた

人間、大きな出来事で目的が変わる事は多いけど
運命の場合は、ほんの些細な事だからこそ変わるんだと痛感した。

さよなら青い鳥を見なかったら俺は今でもフリーターを続けてたよ

そんな俺は来年、司法書士の試験を受けます


[ 2014/05/12 16:01 ] その他 | CM(0)

正直惚れました。女ですけど。

660: 癒されたい名無しさん 2004/09/06 23:02:00 ID:y+w5fBND

個人的に感動した話なんだけど
電車の中での出来事。
ギャル男みたいな集まりがドア付近でたむろしてて
結構込んでるにもかかわらず大声で喋っててすごいうるさかった。
しかもその中の一人がちょっとしたダンスみたいなこと初めて
さらにうるさくなった。回りの大人たちは怪訝そうな顔つきで
見てたけど何も言えず・・・(私も)そしたら身長が175センチくらい?
の綺麗目なお姉さんが「うるさいよ、今足ぶつかっただろーが!」
って一喝。そしたらギャル男達一瞬黙ったけど、「ぺ!」って床に
ツバ吐いたらそのお姉さんがブチ切れてそいつのむなぐら掴んで
バターーーーーンって床に叩きつけた!そこで駅に着いたんで
わらわら人が動き出したからそのままみんな解散っぽくなってたけど。
ギャル男って以外と小心なんだな~って思った。
正直惚れました。女ですけど。


[ 2014/05/12 10:01 ] その他 | CM(0)


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