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通りすがりの勇気ある少年です、青い正義感を裁かないで下さい。 さもないとあの子はもう誰も救おうとはしません。

204: 名無しさん@お腹いっぱい。 2004/05/23 04:14:00 ID:4sufgmEm

全盲のうちのお袋が、公衆電話をかけようとしたら、
白い杖を見てチャンスと思ったらしいDQNが、
お袋のバッグをひったくろうとした。

お袋はすぐに気づいて抵抗したが、殴られて倒れた。
次の瞬間、近くで怒号が聞こえて乱闘が起きているのがわかったという。
訊くと3人のDQNに一人で飛び掛っていったDQNがいたらしい。
幸か不幸か、そいつは大層強かったらしく3人とも叩きのめした。
しかし3人の負傷が激しく、救急車が来て、その1人のDQNは警察に持ってかれた。

警察には自称被害者のDQN3人の親が来ていた。
「私の子供はふざけていただけ。」と噴飯ものの主張を
大まじめにしていた親たちに警察が同調しかけたとき、お袋はキレた。

「盲目の赤の他人のバッグを取る行為を『ふざけてた』なんて
親子揃って言い逃れする人間なんてどうでもいいです、
お巡りさん、あの子を釈放して下さい。私はあの子の知り合いでも
なければ、あの子にお駄賃をあげる約束だってしていません。
通りすがりの勇気ある少年です、青い正義感を裁かないで下さい。
さもないとあの子はもう誰も救おうとはしません。」

お袋は泣いてた。


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[ 2014/04/30 22:01 ] その他 | CM(0)

いつも笑顔で子供たちをかわいがり子供たちに慕われてたおじいさんにそんな過去があったなんて

193: 名無しさん@お腹いっぱい。 2004/05/20 13:50:00 ID:RGWj1zI9

毎日、朝早くから夕方に通学の子供達を安全に誘導する黄色い腕章をして黄色い旗に黄色い帽子のおじいさん。
子供たちの安全を笑顔で守っていたおじいちゃん。
いつからだろう来られなくなったのは。
ある時、たずねてみたんです、町内の方に。
お亡くなりになられたそうです。

お葬式には何百人もの小学生や卒業生が参列しました。
みんな泣いてたそうです、ほんとうにたくさんの子供が泣いてた。
このおじいさんにも悲しい出来事があったそうで・・・。
昔、この交差点で小学校に通ってた娘さんを事故で亡くされたのです。
それ以来ずっとここに立ってたそうです。
私はまったく知りませんでした。
いつも笑顔で子供たちをかわいがり子供たちに慕われてたおじいさんにそんな
過去があったなんて。
おじいさん30年間ごくろうさまでした。私は忘れません。
でも先日ここで小学生の事故がありました。
30年間通学途中の事故は一度もなかったのに
きっと天国で亡くなった娘さんと悲しんでるとおもいます。


[ 2014/04/30 16:01 ] 学校 | CM(0)

母が死んでから、しょっちゅう夢に出てくるようになった。

178: 名無しさん@お腹いっぱい。 2004/05/15 20:20:00 ID:ZsjJgprM

母が死んでから、しょっちゅう夢に出てくるようになった。
夢の中では怒られたり、これからの事を心配されたりした。
ご飯はちゃんと作ってるか?とか、部屋はきたなくするな、とか、そんなこと。
そして四十九日の晩の夢。母が私の家に訪ねてきた。
母「サンドイッチ作ったから、マミ(私の子供)に食べさせてあげてね」
私「あがってけばいいのに」
母「いや、私はもういかなきゃいけないから」
私「そっかあ」
母「じゃ、マミをよろしくね。元気でね」
母はそう言って、バスに乗ってでこかへいきました。
それっきり夢には出てこなくなりません。
多分、あのバスで天国へ行ったのだと思ってます。
死んでも尚母としておせっかいしてきてうざいとか思ったけど、起きたときに泣いた。
これでお別れなんだ、ってやっとその時思って。


[ 2014/04/30 10:01 ] 母親 | CM(0)

もう、女性のことを思い涙するような素敵な女性とは、二度と巡り会えないかも知れません。

165: 名無しさん@お腹いっぱい。 2004/05/15 05:10:00 ID:7v8hkZ+A

実話・せつない恋い
 そのお嬢ちゃんを始めて見たのは、ある春の朝でした。
 いつものように、散歩に行くために車で市道から県道に出ようとした時でした。
 早朝のために、いつもは誰もいなかった左手にあるバス停に、可愛らしいお嬢ちゃんが赤いランドセルを背負って、背筋を伸ばした凛とした姿で、一人ぽつんと立っていました。
 そのお嬢ちゃんは、親に編んでもらったと思われる三つ編みの髪を二本背中に長く垂らしてい、いかにも育ちが良いと思える整ったうりざね顔をしていました。
 その凛とした姿は、過去に私が恋い焦がれた同級生の生まれ変わりのように見えました。
 私が住む地では、地元の公立の小学校に通う子供がほとんどで、小学校一年生から町中の学校に通う子供はごく希でした。
 そのことから、そのお嬢ちゃんは裕福な家庭の子供ではと思いました。
 か細い手足をした弱々しい体で、親の見送りもなしで、バスが来る方向を見ている姿は痛々しく見えました。
 裕福な家庭の子供を親の見送りもなしで、早朝に一人バス停に立たせておいて、誘拐の心配はないのだろうかと思ったこともありました。
 後から考えると、親が子供を強い子供に育てるためだったのではと思えました。
 私が散歩に行く時間と、そのお嬢ちゃんがバス停でバスを待っている時間が、同じ時刻頃だったために、早朝、毎日のように、その可愛らしい姿を見掛けました。
 いつも、そのお嬢ちゃんは、凛とした姿で、私のことなど目に入らないかのように、バスが来る方向を見ていました。
 そのお嬢ちゃんは、歳月の流れとともに、弱々しい体から逞しい体になっていき、小学校高学年になる頃には、生まれの良いお嬢さんという感じになっていました。
 歳月が流れて、そのお嬢さんのセーラー服が替わったことで、お嬢さんが中学生になったことを知りました。
 三つ編みの髪を二本背中に長く垂らしたお嬢さんの、背筋を伸ばした凛とした姿は、整った顔立ちもあって、TVアニメのセーラームーンを連想させるような凛々しさでした


[ 2014/04/29 22:01 ] 恋愛 | CM(0)

ホント俺ってダメ人間。 誰か助けて下さい。・゚・(ノД`)・゚・。

157: ○○って難しいのガイドライン 2004/05/14 15:30:00 ID:80sMGE8T

この前飼い猫が病気になったんですよ、末期のね。
で、生まれて初めてペットロスを経験したわけですわ。正直最初はペットロスって軽いもんだと思ってたのよ。動物飼いならみんな普通に経験してるからさ。
あのね、俺が間違ってた。あれは人が経験するもんじゃない。冷血人間だね、冷血人間だけが耐えられるものだよ。
最初に「安楽死承諾書」出された時さ、めちゃめちゃびびってペンそろ~って持ってそろ~っと名前書いたのよ。10秒くらいかけてさ。でなんか怖くなって消すどころか承諾書破り捨てちゃったのさ。
そしたら飼い猫がさ「苦しいよ」とか目で訴えてくるの。
同じ過ちは2度繰り返さないのが俺よ。
だから名前書いたのさ。えぇ、そりゃもう書きましたとも。全てを忘れて書いたよ。家に迷い込んできた時のヤツの心もとないほどガリガリだった体とか、
初めて膝で寝てくれたときにホントに嬉しかった事とか、エサをねだる時の愛らしい顔とか色々思い浮かんでくるのを頭から振り払ってね。
だってヤツが苦しいって訴えてたからね。
そしてらエライ事になった。
もうすごい即死。そして俺のすごい涙。幅3cmくらい。昔の漫画だけど星飛雄馬やはだしのゲンにも負けない。
それで横見たら飼い猫がすごい安らかな顔を俺の方に向けてんの。ホントごめんなさい。
正直「飼い主なら苦しみから救ってやるのが義務だぜ!」なんて見栄張らないで素直に最後まで悪あがきしてやればよかった、せめて自然に任せて死なせてやればよかったと思ったよ。
心の底から承諾書にサインした事を後悔したね。
でも埋葬が終わって友達に「猫はさっさと死んじまうな!これだから猫は。今度は長生きするカメでも飼うか」とか言っちゃてんの。
ホント俺ってダメ人間。
誰か助けて下さい。・゚・(ノД`)・゚・。


[ 2014/04/29 16:01 ] ペット・動物 | CM(0)

子供心に事故にあった時間が深夜3時だったのを不思議に思った。

154: 名無しさん@お腹いっぱい。 2004/05/14 02:03:00 ID:4KHsl/kH

このスレ見て目が腫れ上がるほど泣いた。
いい話ではないかもしれないけど、思い出すと今でも泣いてしまう話を一つ。

小学校低学年の時一人の男の子がクラスに転入してきた。
少し脳に障害を持った子で、授業中は立って歩き回ったり、他の学年に乱入したり、
いなくなったりして先生達がみんなで探し回ったこともあった。
K君の顔や体には自分で付けたという包丁傷がたくさんあった。
でも会話はできるし、一緒に遊んだりも出来る。私はある日K君を家に誘って遊んだ。
少しの小銭を持って駄菓子屋でお菓子を買って食べたりした。

そしてその日の夜、子供が出歩くには遅い時間にK君がやって来ていきなり私の母に
「おい、金くれ」と言って手を出したが、私の母は訳が分からずとまどっていた。
私は昼にお菓子を買ってあげたからまた家に来たのは分かっていたけど、母に怒られるのが怖くて
言えなかった。そしてK君の前にも出なかった。

次の日から私はあまりK君に話しかける事が出来なくなった。子供心に気まずかったのだろうと思う。
そして、それから間もなく私は転校した。
そんなに遠くに引っ越した訳でもないのでK君の事はちょこちょこ耳に入っていたけど、
何事もなく新しい学校で楽しく過ごしていた。
そして2年が経ったある日、K君が事故で死んだと聞いた。新聞に載っていると聞いてK君の事が小さく載った新聞を読んだ。
読めない漢字はあったけど、そこにはK君がコンビニから飛び出してきて車に轢かれた、と書いてあった。少し泣いた。
そして子供心に事故にあった時間が深夜3時だったのを不思議に思った。こんな時間に何をしてたんだろう?

その何日か後に理由を知った。
K君が普段から母親に家に入れてもらえず、深夜うろつきまわってたこと、ご飯もまともに与えられていなかったこと。
そしてその日も家に入れてもらえず、お腹が減ったK君がコンビニで万引きをして店を飛び出し、車に轢かれてしまった事。

涙が止まらなかった。
自分と同じ年の子供が、夜に家に入れてもらえない。
夜中にお腹が減って万引きをしなければならない。
そして死んでしまった。
信じられなかった。
前に、K君が夜に家に来た事を思い出した。あの時も、入れてもらえなかったのだろうか、と思ってまた泣いた。

その後、K君がいた小学校には「K君の木」が植えられた。
K君の分もぐんぐん育って欲しい、というみんなの思いが込められている。


[ 2014/04/29 10:01 ] 事故 | CM(0)

A君の体は成人するまで生きられないことを聞かされた。

152: 1/2 2004/05/14 00:10:00 ID:6VfW1nnE

いい話かはわからないけど思い出を少々。

彼を初めて見たのは小学2年の始業式。
朝礼の壇上で校長に紹介されていた彼、A君は
生まれたときから心臓に疾患を持っていたそうだ。
負担のかかる作業が出来ない彼を支えてあげるようにとの校長の言葉。

実際A君と言葉を交わしたのは5年の時。
友人に誘われオタクの道を歩み始めていた私は
必修クラブに漫画クラブを選択した。
そこでたまたま近くの席にいたのがA君だった。
漫画クラブは好き勝手に4コマ漫画を描くクラブで、
私は何処かのアニメをパクったようなヘタレ絵で
くだらないギャグ漫画を描いていた。
A君はそんな私の漫画を気に入り、積極的に私に話しかけてきた。


[ 2014/04/28 22:01 ] 友情 | CM(0)

部屋で寝てる人が起きる位泣いて、祖母が心配してでてきてくれて「ありがとうね、ありがとうね」 って言われてまたわんわんないてた

146: 名無しさん@お腹いっぱい。 2004/05/13 02:34:00 ID:PAz/VpXx

俺は小さい時祖父が怖かった
暴力をふるうとか、怒鳴るとかじゃないんだがぜんぜん喋らないし、祖母が
「お風呂沸いたけど入る?」「ごはんできたよ」と言っても「ん」とか「判った」
とか、とにかく殆ど喋らない人だったからコミュニケーションが取れなくて怖かった

それでも祖母は大好きだったから良く泊まりに入った、そうすると帰るときに
決まって祖母が「おじいちゃんはおまえが来ると凄く嬉しそうだからまたきてな」
って言うんだ。ぜんぜん信じられなかった

祖父は俺が18の時に亡くなったんだが、お通夜の時に叔母から祖父は俺が泊まりに行くよって
連絡をすると祖母に俺の好きなものを買ってくるように、好きなものを夕飯に出すようにと
しつこいくらい言っていた、病気で痴呆になってしまって話し掛けても上の空だったりしていた
けど、俺の話をすると祖母のほうに顔を向け、「そうか、そうか」と嬉しそうに言っていたと
聞かされた。

部屋で寝てる人が起きる位泣いて、祖母が心配してでてきてくれて「ありがとうね、ありがとうね」
って言われてまたわんわんないてた


[ 2014/04/28 16:01 ] 祖父母 | CM(0)

出張で東京とかに行った時、大きなテレビを見た。 少しだけ、思い出して、 少しだけ泣いた。

131: 名無しさん@お腹いっぱい。 2004/05/12 22:26:00 ID:awSAMPLf

昔の事、思い出したから
少しずつ、ポツポツと話そうかな。


132: 名無しさん@お腹いっぱい。 2004/05/12 22:30:00 ID:awSAMPLf

俺の家は貧乏で、
+親父の蒸発で借金だらけ。
テレビなんて買えなかった。
それに、テレビを買ってなんて言えなかった。
まだ、ファミコンの出てる時代では無かったけれど、
だけどクラスの皆はテレビを持っていた。
テレビがあって当然の時代だったから。


[ 2014/04/28 10:01 ] 兄妹 | CM(0)

私が留学中に、実家の犬が痴呆になった。

117: 名無しさん@お腹いっぱい。 2004/05/06 21:27:00 ID:7TIUq1F8

私が留学中に、実家の犬が痴呆になった。
人間と同じで、ご飯食べたのも忘れて何回も催促
したり、パっと立ち上がって、でも何の為に立ち上がった
かわからなくなってぼけっと何時間も突っ立っていたり。
目も鼻も効かなくなって、家族でも不用意に近づくと
噛み付かれた。大きな犬だったから、年取っても噛まれると
相当痛い。親はどうしたものかと途方にくれていた。
そんな状態の中、留学先の学校を卒業して2年ぶりに実家に
帰った。親からは、もうお前の事を認識できないかも
しれないから、触る前に充分においをかがせて、それでも
唸ったりするようだったらあきらめて触らずに家に入れ、
といわれショックだった。自分が小学1年生の時から、
ずっと一緒だった犬だったから。他の人にはただの
犬でも、私にとっては弟であり、友達であり、心の支えで
あったから。門をあけると、犬がいた。おそるおそる、
名前を呼びながら近づいていった。立ち上がって
緊張感をただよわせる犬。昔は私が学校から帰ると
尻尾ぶんぶん振って飛びついてきたのに・・。
こちらも緊張しながら、ゆっくりゆっくり近づいていった。
すると・・突然、犬がゆっくり尻尾を降り始めた。
よろめく足で必死に歩き、私の足元に来て倒れこんだ。
倒れこみながらも尻尾を振って、キューンキューンと
甘えた声を出してきた・・。わかってくれた・・・。
それから8ヶ月間、彼が逝くまで、ずっと側に
付き添った。


[ 2014/04/27 22:01 ] ペット・動物 | CM(0)

だから私は書いたんです、これは作り話です、と。多くの人に読んでもらうために 嘘ついでごめんなさい...

88: 名無しさん@お腹いっぱい。 2004/05/05 08:51:00 ID:P4zVihae

これは作り話です。
私という人は工業高校に通っていたそうなんですが
その工業高校は夜間学校と普通の全日制があったらしく
私という人は全日制の3年生で、教室が下の方にあり
夜間の方と教室が共用だったそうで
よく机の中に忘れ物等をすると夜間の方に持ち去られたり
逆に教科書をおきっぱなしにされ不便な思いをさせられたようで
全日制の生徒は夜間の方をあまり良く思ってませんでした。
私という人は窓際の一番後ろの席で、夜間の方は全日制よりも人数が少ないので
その席に夜間の方が座ることは稀で、そういう被害もめったになかったのですが
あるとき机の上に「お友達になりませんか?」と女性らしいまるっこい字で
鉛筆かシャープペンで書かれていました。
あまり夜間の方のいい噂を聞かなかったので
私という人は、最初無視していたのですが
そのおそらく女性らしき方が一方的に悩み事や最近あった楽しいこと
先生の悪口などを書き込むようになって
私という人もその書き込みを見るのが楽しくなってきたので
ある日、返事を返したそうです。
その返事に女性らしき方もすごく感激されたようで
それから机上の文通がはじまりました。


[ 2014/04/27 10:01 ] 学校 | CM(0)

俺を一目見て 「!!!!!?」 何故か驚愕の表情。 どうやら俺が誰かに似てるらしい。

72: 2004/05/04 03:22:00 ID:6QqozloT

俺が今よりも馬鹿で、世の中に絶望してて、どうしようもなく後ろ向きだった頃、友人とカナダに旅行に行った時の話。

現地に着いてホテルのチェックを済ませた後すぐに当初の目的であるスノボーを楽しむ為雪山へ。
友人4人とギャーギャー言いながら滑ってると、現地のおばさん(50代位)と接触事故。
完全によそ見してた俺の責任で怪我させてしまった。
すぐに友人が救急隊を呼んで事情を説明をしておばさんを病院に連れていくことに。
診断結果は左足首の捻挫及び左肩の打撲。
おばさんはずっと号泣してるし、面倒臭せーなーと思いながら英語の喋れる友人に通訳してもらいながらひたすら謝った(俺は[ソーリー]の一点張り)。
おばさんの旦那さんも病院に来たと聞いたので、一応そっちにも謝っとくかって事で病院のロビーへ。

息をきらしながら受付で病室を訪ねてたおじさん(旦那さん)は俺を一目見て
「!!!!!?」
何故か驚愕の表情。
いっぱいいっぱいになってた俺はそれをスルーして適当に謝ってた。
そしたらおじさんはいきなり俺の肩をガッシリ掴んで何か英語でまくし立てて軽くパニクってる。


[ 2014/04/26 22:01 ] 父親 | CM(0)

ある日の夏、妻が突然出血した。

64: 名無しさん@お腹いっぱい。 2004/05/02 23:07:00 ID:jdXz6TMq

3年前の春、妻が妊娠した。
妊娠&出産なんて、今まで何億も症例があるんだし、病気じゃないって
言ってる人も多いぐらいだから、タカをくくっていた。
そんなある日の夏、妻が突然出血した。
入院、そして出産。
妊娠6ヶ月で、560グラムの女の子が産まれた。
その子は、半年間生死の境をさまよった。
退院は出来たが、その子の眼は、早産の後遺症によって光を失った。
でも、退院できたこと、生きて我が家に帰ってきたことが嬉しくて、
寝静まっている子供の横で夫婦で泣いた。
もうすぐその子も3歳になる。
未熟児のために体は小さいけど、元気いっぱい遊び回っている。
眼は相変わらず見えていないようだ。
そんなある日、一緒に風呂に入っているとき、
「パパ」って、目が見えないはずの子は、
こっちを向いて笑顔で話しかけてきた。初めてのことばだった。

俺がおまえの眼の替わりになってやるから、ずっと元気でいて欲しい。


[ 2014/04/26 16:01 ] 子供 | CM(0)

そんなトキ母さんは、不倫してどっかいった。

54: 名無しさん@お腹いっぱい。 2004/04/30 22:40:00 ID:LlqU0JFv

その日父さんは、いつものように母さんと激しい口ゲンカをしていた。
いつも自分のココロの中で、ひそかに思っていた。
「こんな親にぜってぇならねぇ。いつか出て行ってやる…。」

母さんは酒に狂って、むかしあの暖かい手でオレを包んで
くれた人とはまるで別人だった。
いつも小さいオレに暴力をふるい、父さんはソレを止めていた。

でも聞いてしまった、あの日の会話を…。

あんトキ、オレは母さんのさんざん殴られ、
キレていつもより早く布団に入った。
眠れないなぁと思って、トイレにいったんだ。
「まだ起きてるのか」とか言われていつもみたいに
殴られないように、そっとトイレに通じる廊下を歩いていた。
スグ右側には、母さんと父さんがいるリビングへ入るドア。

父さんの声が耳に入った。

「なぁ母さん、もうそろそろオレが『アレ』をかばわなくてもいいか?
 これ以上やっても家を飛び出さないと思うんだ。」

「もうちょっとやってくれない?『アレ』が完全に家を飛び出すまで。」

そのトキ初めて、自分はなんていわれてるか分かった。
もう人間としての扱いではない。

『アレ』

父さんと母さんのあのコトバだけが、オレの頭を何回もよぎった。
出ていくもんか。あの2人にずっとずっと迷惑をかけてやる。
死ぬまでな

そんなトキ母さんは、不倫してどっかいった。
オレにはあんまり感じなかった、母親と別れるのが。
理由なんてどーでもいい。とにかくオレは
徹底的に父さんを痛めつけられる。

父さんはもう白髪混じりで体もボロボロだった。
そんな父親をヘーキで買い物にいかせたり、
家の掃除をさせたりと完全にオレの召使になっていた。

そんな日々のなか、オレはパチンコに狂い、
お金がまったくなかったんだ。
どうにかしていい方法がないかと、探した。

そうだ!

ウチにはいい召使がいるではないか。財産はまだもらってなかったな

「おいクソジジイ金だせよ」
「…」
「なんとか言えよボケ!」
「出かけてくる…」

はぁ?といって「そのまま死ね」と呟いた。


[ 2014/04/26 10:01 ] 父親 | CM(0)

これでパパの1時間を買えるよね?

38: コピペでつ 2004/04/24 15:59:00 ID:QSfAElKR

ヘタレバツイチ男は、今日も仕事で疲れきって、遅くなって家に帰ってきた。
すると、彼の5歳になる息子がドアのところで待っていたのである。彼は驚いて言った。
「まだ起きていたのか。もう遅いから早く寝なさい」
「パパ、寝る前に聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「パパは、1時間にいくらお金をかせぐの?」
「お前には関係ないことだ」ヘタレなリーマンである父親はイライラして言った。
「なんだって、そんなこと聞くんだ?」
「どうしても知りたいだけなの。1時間にいくらなの?」男の子は嘆願した。
「あまり給料は良くないさ…20ドルくらいだな。ただし残業代はタダだ」
「わぁ」男の子は言った。「ねえ、パパ。ボクに10ドル貸してくれない?」
「なんだって!」疲れていた父親は激昂した。
「お前が何不自由なく暮らせるためにオレは働いているんだ。それが金が欲しいだなんて。
だめだ! 早く部屋に行って寝なさい!」
男の子は、黙って自分の部屋に行った。
しばらくして、父親は後悔し始めた。少し厳しく叱りすぎたかもしれない…。
たぶん、息子はどうしても買わなくちゃならないものがあったのだろう。
それに、今まで息子はそんなに何かをねだるってことはしなかった…。
男は、息子の部屋に行くと、そっとドアを開けた。
「もう、寝ちゃったかい?」彼は小さな声で言った。
「ううん。パパ」男の子の声がした。少し泣いているようだ。
「今日は長いこと働いていたし、ちょっとイライラしてたんだ…ほら。お前の10ドルだよ」
男の子は、ベッドから起きあがって、顔を輝かせた。
「ありがとう。パパ!」
そして、小さな手を枕の下に入れると、数枚の硬貨を取り出した。
父親はちょっとびっくりして言った。「おいおい、もういくらか持ってるじゃないか」
「だって足りなかったんだもん。でももう足りたよ」男の子は答えた。
そして、10ドル札と硬貨を父親に差しのべて言った。
「パパ。ボク、20ドル持ってるの。これでパパの1時間を買えるよね?」


[ 2014/04/25 10:01 ] 子供 | CM(0)

島の人々はその時に気づいた。あの夜の言葉は自分達を生かすためのものだったのだと。

37: 名無しさん@お腹いっぱい。 2004/04/23 23:55:00 ID:ohY6r+rr

南洋のパラオ共和国にはちいさな島がいくつもある。
そんな島にも戦争中はご多分に漏れず日本軍が進駐していた。
その島に進駐していた海軍の陸戦隊は学徒出身の隊長のもと、住民たちとの
摩擦を避け、作業に住人を駆り出す時も必ず代価を払い、よき隣人として
和気藹々たる戦地生活を送っていた。
中でも住人たちに喜ばれたのは音楽の心得のある兵隊による唱歌の演奏で、
そのうち、島の人々も「ふるさと」「さくら」などの曲を歌えるまでになった。
しかし戦況は刻々と日本に不利な情勢となっていき、この島にも米軍の襲来が
避けられえない情勢へと変っていった。
島の若者達は相談して、ある夜、日本軍の守備隊長を訪ねた。どうか我々も仲間として
あなたたちと一緒に戦わせて欲しいという志願のためだった。
その話を聞いた隊長はみるみる内に怒色を満面に浮かべて椅子を蹴り上げ叫んだ。
「我ら帝国海軍の軍人が、貴様ら如き未開の土人どもと共になど戦えるか!
貴様らなど戦の邪魔だ。3日の猶予を与える。パラオ本島に出て失せろ!」
あれほど日本人は東洋融和の仲間だと言っていたのに見せかけだったのか・・
島の人々は悔し涙を流した。
いよいよ島を去る日、桟橋にとぼとぼと集まった住民。当然ながら兵隊たちは
誰も見送りになど来ない。
悄然と船に乗り込み、船が陸地を離れたそのとき、どこからともなく砂浜に
たくさんの日本兵達が現れた。
「ウサギ追いしかの山!小鮒釣りしかの川!」と歌いながら千切れるほどに戦闘帽を
振る水兵達。そしてその先頭にはあの守備隊長が。満面の笑みで歌いながら帽子を
振っていた。
島の人々はその時に気づいた。あの夜の言葉は自分達を生かすためのものだったのだと。

2週間後、米軍の海兵隊は周辺地域に殺到。224名の日本軍は全滅した。


[ 2014/04/24 22:01 ] その他 | CM(0)

俺、転勤の挨拶に来たとき、何かやらなければいけないと思った。

29: 名無しさん@お腹いっぱい。 2004/03/27 20:26:00 ID:0yIhkqbf

昨日、隣の家族が転勤で、引っ越して行った。いい、家族だった。
俺が原付で、車にキズを付けてしまって謝りに言ったら、いいよって。
何かの縁だから、気にしないでって。
俺、転勤の挨拶に来たとき、何かやらなければいけないと思った。
家にDVDを買いだめしていたので、トムとジェリのDVD3パックと
サンダーバードBOX1、2をあげたよ。
いい、人たちに出会うと、気持ちいいね。


[ 2014/04/24 16:00 ] その他 | CM(0)

クリスマスイブ‥貧しい親子がそば屋さんにやってきた。

15: 名無しさん@お腹いっぱい。 2004/03/12 15:12:00

「いっぱいのかけそば」
クリスマスイブ‥貧しい親子がそば屋さんにやってきた。
子供2人言った「お母さん、クリスマスだからレストランなんだぁ(^o^)」
母親はかけそば代しか持っていなかった。「すいませ~ん、一杯のかけそばくださーい」
店主は様子を見ていて、「はいよー、いっぱーいのかけそば一丁!」
そして親子のテーブルはかけそばで埋め尽くされました。。。10杯くらい


[ 2014/04/24 10:00 ] 貧乏 | CM(0)

おじーちゃんとおばーちゃんが入籍していなかった。

543: 名無しさん@HOME 2003/06/13 04:01:00

おじーちゃんとおばーちゃんが入籍していなかった。
あ、おばーちゃんが日陰者だったという意味ではなく
ちゃんとおばーちゃんはおじーちゃんのお嫁さんだったんだけど

しかーも、ウチの親父はおじーちゃんの子供ではなく
おばーちゃんとよその男の子、今でいえば浮気して生まれた子だった。
さらにしかーも、親戚は殆どそのことを知っていた。
が、別に何の問題はなかった。

ウチも沖縄出身なんだけど
戦前の沖縄って、戸籍とか、婚姻って制度を重視していなかったらしい。
風習というかしきたりが法律に優先するって感じで

沖縄つながりで
俺も43歳、親父は70歳、バーちゃんは96歳


[ 2014/04/23 22:01 ] 祖父母 | CM(0)

下半身不随の友達に家族には内緒で仲間内で月に5万とか10万とか出し合っていた。

522: 名無しさん@HOME 2003/06/07 22:53:00

うちの父親が昔学生運動をしていて、しかも幹部クラスだったらしく、
学生運動がしずまって、そして就職し、結婚した後もしばらく
職場に、父親の居ない時に警察が来たりと、追跡調査?をされていた。
さらにはその、ともに学生運動をしていた人の一人が、
警察の放水車によって塀から落ちたために下半身不随になりその治療費やらなにやらを
家族には内緒で仲間内で月に5万とか10万とか出し合っていた。

うーん、書いてみると秘密ってほどのことでもないかな・・・。
あ、あとどうでもいい小ネタなんだが、うちの父親はグリコ森永事件の犯人の似顔絵にそっくりで、
そっちの件でも何度も警察に追いまわされたw


[ 2014/04/23 16:01 ] 父親 | CM(0)

幸せってのを実感しますた。

512: 名無し@話し合い中 2006/11/13 00:49:09

昨日言ってみたせいか、
今日一日中、昔のようにべたべたいちゃいちゃしてました。
今度はプレゼントもつけてみよう…。


[ 2014/04/23 10:01 ] 恋愛 | CM(0)

帰宅して飯食いながらたわいない嫁さんの話を聞いていたら いきなり嫁に「愛してる」と言われた

405: 名無し@話し合い中 2006/10/23 00:24:57

前に一度言ってみたのだが、あまりにスルー具合に凹んで報告する気にもならなかったのだが、ちゃんと伝わっていたので報告しておくよ

帰宅して飯食いながらたわいない嫁さんの話を聞いていたら
いきなり嫁に「愛してる」と言われた
こっちとしては突然の事に驚いてしまい箸を噛んでしまった
でもスルーされて凹んでたから嬉しくなって泣いちゃたよ

理由を聞いてみたら
仕事で疲れて帰って来ても嫌な顔せず話を聞いてくれるのに
自分はそっけない態度をとってしまい申し訳ないなぁと思ったら
つい口から出ちゃたからだそうな

(他にも色々話したりして意外な事が分かったりしたんだか)
その後はもちろんこっちからも
「愛してます。これからもよろしく」
と言ったよ

ホント伝わってて良かった。


[ 2014/04/22 22:01 ] 恋愛 | CM(0)

夜景を見ているとばかり思っていた妻は、泣いていた。

375: 名無し@話し合い中 2006/10/22 13:14:33

昨日、言ってみた。
毎週土曜日は夫婦で食事に行くことにしているんだが、
妻は毎週、着ていく洋服に迷っている。
俺は、いつも待たされるのだが、昨日の妻は、迷った甲斐があったのか、特別美しい気がしたんだ。
カシュ何とか言うワンピース(着物みたいな感じ?ボタンも無く、リボンみたいので結ぶだけ)を着て、
珍しくハイヒールを履いてる。
ふんわり巻かれた長い髪も艶々して綺麗だった。
俺、車の運転席でドキドキしちゃったよ。
で、ここのスレを思い出して、言うなら今だと思ったんだけど、おれはヘタレだな。言えなかった。
食事中も、いつ言おうか悩んでいた。
俺のそんな態度は、妻にとってみたら、すごい挙動不審だったみたい。
帰りの車の中、泣き出したんだ。
みなとみらいを横目にドライブして帰ったんだが、夜景を見ているとばかり思っていた妻は、泣いていた。

今日のあなたは変よ。隠し事でもあるの?まさか浮気してるの?

そんなことを言い出した。
俺は慌てたよ。まさか、お前が綺麗過ぎて、ドキドキしてるなんて言えないじゃまいか。
俺は、とにかく急いで家に帰り、まだ泣いてる妻を玄関先で抱きしめた。
嫌よ、誤魔化さないでと言う妻をぎゅっと抱いて、キスした。
ベッドの中以外で夫婦でキスしたのなんか久しぶりだった。
驚いて、泣きやんだ妻の背中を擦りながら、俺は言った。

愛してるよ。今日はあんまり綺麗だから驚いていたんだよ。

その後は勿論ですが、今日もそういうモードのスイッチが入っちゃって、
今、妻はベッドでまどろんでいます。
幸せってこういうことですかね?

長文スマソ。


[ 2014/04/22 16:01 ] 恋愛 | CM(0)

今朝やっと暇になり、洗車ついでになんとなく花束を買って帰った。

274: 名無し@話し合い中 2006/10/15 19:17:05

今朝やっと暇になり、洗車ついでになんとなく花束を買って帰った。
昨日このスレを覗いてたので「いつまでも愛してる」と言ってみた。
嫁は、ポロポロ泣きながら花束を受け取り「私も…」と言った。

俺は米に駐在していて、2週間だけ日本に帰ってるんだが
日本でも会議詰めで嫁とも娘ともゆっくり触れ合えないんだ。
さっき、駐在先に戻るための準備で買い物に行って帰ってきたんだけど、
玄関に花束の写真が置いてあった。
また半年間会えないけど、もう少しの辛抱だ。。。


[ 2014/04/22 10:01 ] 恋愛 | CM(0)

俺「大丈夫だよ、走っているとき頑張れるおまじないを唱えるから。」

207: 名無し@話し合い中 2006/10/09 10:35:59

昨日はお定まりの地区運動会、2人3脚を夫婦で出ることになった。
リレーの町内対抗戦、
妻「どきどきする。」
俺「大丈夫だよ、走っているとき頑張れるおまじないを唱えるから。」
前の走者ペアからタッチして俺達の番

走り出して
俺「愛してるぞ**(妻の名前)
妻ポカーンとして間もなく 俺のわき腹にエルボーが入った。
妻「こんな時になに言ってるの!このバカ!!」
俺が多少息苦しくなったのは、走ったためだけではないらしい。






夜子供たちも寝静まって、
妻「今日はご苦労様でした。でも、突然あんな事言われてびっくりしたわ
  あなたはいつも突然なんだから。」
俺「ごめんなさい」とあやまる。




突然妻が抱きついてきた
妻「もー、だから好きなんじゃない、私もいっぱい、いっぱい愛してるわ。」

………


朝子供たちに起こされるまで
夫婦とも熟睡してしまった。

こんな夫婦まもなく40代


[ 2014/04/21 22:01 ] 恋愛 | CM(0)

愛してるよと言うと 口の軽い人ねと言われる

120: 名無し@話し合い中 2006/09/28 20:24:00

関係をせまると、あなたは紳士じゃないといわれる
関係をせまらないと、あなたは男じゃないといわれる

たびたび部屋を訪れると、もっと1人の時間がほしいといわれる
あまり部屋を訪れないと、二股かけているのかといわれる

はやりのカッコいい服を着ると、あなたって流行にふりまわされて軽薄といわれる
はやりのカッコいい服を着ないと、あなたってダサダサで恥ずかしいといわれる

話を聞きながら発言すると、黙って聞いてよといわれる
話を黙って聞いていると、なにか言ってよといわれる

待ち合わせに30分遅れていくと、30分も待たせるなんてひどいといわれる
自分が30分遅れると、30分ぐらいなによといわれる

やきもちをやくと、しばられるのはいやという
やきもちをやかないと、もう愛はないのかという

そうだねと賛成すると、自分の考えがない人ねといわれる
そうじゃないと反対すると、理解がない人ねといわれる

愛してるよと言うと 口の軽い人ねと言われる
大好きだよと言うと それだけしか言えないのと言われる

墓に供え物をすると 君は無視する
僕は泣いているのに 君は安らかに笑っている


[ 2014/04/21 16:01 ] 恋愛 | CM(0)

「愛してる」って言ってやったんだよ。そしたら固まってやんのwww

34: 名無し@話し合い中 2006/09/22 17:03:46

「愛してる」って言ってやったんだよ。そしたら固まってやんのwww
で少したって動き出したかと思ったら泣いてやんのwww
もうねアホじゃねぇの?と思ったよ。だって40近いババァだぜ?
ピ~ピ~五月蝿いっつうの。子供も心配して起きてくるし
近所迷惑だっつうの。

胸で泣いてるからこっちの服は濡れるし気持悪いっつうの
だから鉄建制裁してやったよ。グーで殴ると後々DVとかで
訴えられるとウザイからパーにしてアイツの頭を禿げ上がるぐらい
ゴシゴシこすってやったよ。

そしたら泣き止んだと思ったら今度は「私も愛してます」だぜ?
プップップ~だよ。

まぁ久しぶりに夫婦も中々良いもんじゃねぇのって思ったけどな。


[ 2014/04/21 10:01 ] 恋愛 | CM(0)

久しぶりにドキドキ出来たのでちょっと満足w

14: 名無し@話し合い中 2006/09/20 13:25:23

普段からそこそこは嫁に「愛してる」といっている
何時も嫁の反応は極普通に「私も」とかなのでちっとも面白みがない

しかし、ここしばらく(半年ぐらいだと思うが)言っていなかったので
今朝、出かける時に言ってみようと思ったんだ
楽勝だと思ったんだけど


言えなかったヨorz
嫁は怪訝そうな顔してたな


でも久しぶりにドキドキ出来たのでちょっと満足w


[ 2014/04/20 22:01 ] 恋愛 | CM(0)

母親から、「おまえは、子供のいない伯母夫婦(父方)にやるはずだった」と言われた。

385: 名無しさん@HOME 2003/05/15 12:39:00

大人になってから、、、じゃないけど、小学生ぐらいの頃、
母親から、「おまえは、子供のいない伯母夫婦(父方)にやるはずだった」と
言われた。

兄とは6つ離れていて両親は共稼ぎ。 母が40の時にできた子供。
母は兄は可愛がっていたけど、私は所謂ネグレクト状態。
母は仕事が好きで、子供だった私が熱を出したりすると、仕事にいけなくなる、と
よく怒られました。

つまり、私は予定外に出来ちゃった“要らない子”だったんだ、と気づいたのが、
大人になってから。

伯母夫婦はとてもやさしい良い人たちで、こんなんだったら、そっちにやって欲しかった。
でも、世間体が気になったんだろうなぁ。。。


[ 2014/04/20 16:01 ] 母親 | CM(0)

あのときが最初だな。親もただの悩んでる可愛そうな人なんだと思ったの。

372: 名無しさん@HOME 2003/05/15 09:57:00

高校生のとき、看護師になりたくて親に相談した。
人の役に立ちたいという、10代らしい潔癖な望みだった。
ま、身を粉にして働くの!なんて、我ながら厨だったなとは思う。

しかし、優秀なのに(自称)貧乏で大学にいけなかった自分の学歴に
コンプレックスを持っていた母は、私を音大に入れたがっていた。
(当時、確かにピアノは好きでベートーベンのソナタくらいは弾けた)
せめて教育大に行って学校の先生くらいにはなって、(学校の先生に失礼だ)とか、
医療系の仕事なら、医師や薬剤師など社会的に優秀と認められる仕事じゃ駄目なの、
とか、結構派手な喧嘩になった。

困っている人と同じ場所で働く仕事がいいんだよという私に、
取り乱した母は、この間私が寝込んでいたとき、あなたはろくに家事も
手伝わなかったじゃない! そんな冷たい人間に看護師なんて無理よと。

塾があるでしょ、とか、いいからピアノの練習をしなさいとか言って
特に手伝って欲しいという意思表示がなかった。食事もデリバリーだったし、
と反論したら
あの時自分は赤ちゃんを中絶して辛くて誰の顔も見たくなかったのよ!
いたわって欲しかったのに、あんたは冷たかったわ! 酷い! と言われた。

当時母は40歳、そのあとがんばって育てると言ったのに産むななんて
お父さんは酷いとか、わーわー泣かれてまいった。
こっちだって弟か妹を殺されたって話を聞かされたのだよ、ショックだったよ
母よ……。

あのときが最初だな。親もただの悩んでる可愛そうな人なんだと思ったの。
私はますます看護師になろうと固く決心して、その後意思を貫きました。
母を説得するために、なにがなんでも四年制の看護大に入らなくちゃならなくて
大変だったけど、それも自分にとってはけして悪いことではなかったと
今なら思える。


[ 2014/04/20 10:01 ] 母親 | CM(0)


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