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いま抱きしめるように優しくしても、その妹の姿は消えてくれない。

531: おさかなくわえた名無しさん 2004/12/16 15:23:10 ID:O+fA5nBW

中学2年の時、幼稚園児の妹にむかってすごく冷たいことをした。

靴屋さんで、学校の上履きを自分で買えと言われた私に対し、
(私が悪い。まだ履けるのに落書きだらけにして捨ててしまったから)
必要もないサンダルを買ってもらってた妹。
こっちの気も知らないで「お姉ちゃん、どっちの方が可愛いと思う?」と聞いてきた。
むかついたのでプンっとシカトした。
そしたら妹は淋し気に「どっちがいいかな~」とつぶやいていた。

いま抱きしめるように優しくしても、その妹の姿は消えてくれない。


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[ 2014/03/31 22:01 ] 兄妹 | CM(0)

わたしがうわーんと泣き出してしまった理由

525: おさかなくわえた名無しさん 2004/12/15 13:17:29 ID:ADlU4voY

他の話に比べると全然せつなくないんだけど…

私が小学校2年生位の頃、近所においしいたいやき屋があった。
おばあちゃんはそこのたいやきが大好きだったけど、
少し糖尿病の気があるからと、たまーにしか食べなかった。

その年のおばあちゃんの誕生日に、「今日くらいならいいだろう」と思って
学校の帰りにとってあったお小遣いを握りしめてそのたいやき屋に行った。
おばあちゃんよろこんでくれるかなーとうきうきしながら
焼き立てのたいやきを抱えて、家に帰った。

そしたら、既にそこにはたいやきを食べているおばあちゃんと弟が。
同じ事を考えた母親が弟と一緒にたいやきを買いに行ったらしい。
私は先を越された悲しさと、私が買った分までおばあちゃんが食べちゃったら
おばあちゃんが病気になっちゃうーとか一瞬に色々考えて
うわーんと泣き出してしまった。
それを見たおばあちゃんが私が手にたいやきを持ってるのを見て
理解してくて「○ちゃんの分も食べるよ」と笑顔で頭を撫でてくれたけど
今でもたいやきを見るとこの事を思い出してなんだか切ない。


[ 2014/03/31 16:01 ] 祖父母 | CM(0)

そのころの俺にとって母親のおやつがマズイなんてことはありえなかった

519: おさかなくわえた名無しさん 2004/12/15 00:47:13 ID:isimzWLP

食いもん繋がりで。
子供のころ、母親が作る牛乳寒天とコーヒー寒天が大好物だったもんで
しょっちゅうねだって作ってもらってた。
で、ある日友達が来たときに「マジうまくてコイツ絶対に感激するべ!」と思いつつ
寒天出してやったら、ものの見事に食べ残された。

そのころの俺にとって母親のおやつがマズイなんてことはありえなかったから
ものすごくビックリして、なんかせつなかった。


[ 2014/03/31 10:01 ] 母親 | CM(0)

私が家族のお金を全部食べてしまったんです。

512: おさかなくわえた名無しさん 2004/12/14 22:46:49 ID:gXjdijL5

摂食障害です。
贅沢病と言われると否めません。
原因というか、きっかけは母親の過干渉さと過度の制限、都合のいい放任。
と医師やカウンセラーは言いますが違います。多分私のダイエットが原因だと思います。
ある日緊張の糸が切れて過食に走り出しました。中2,3の時です。
家中の食べ物を食べました。食べても食べてもお腹がいっぱいにならないんです。
私の家は財産もちとかでは無いけれど、私は一人っ子ですし、
父は公務員、母も働いていてそこそこ裕福ではありました。
それがある日、父と二人外食に行った日のこと、私が回転寿司に行きたいと言うと
「ごめん、お父さん今日あんまりお金ないんやぁ…」といいました。
田舎でしたし、銀行のATMも早くに使えなくなってしまうので、仕方ないかと思ったのですが、


[ 2014/03/30 22:01 ] | CM(0)

父の絵を書くように言われて、咄嗟に顔が思い出せなかった…

508: おさかなくわえた名無しさん 2004/12/14 02:24:18 ID:8YFc8Dbf

>>493 を読んで自分の子供の頃を思い出した。
情けない話ではあるのだけれど。

俺は5歳の時に母親を事故で亡くした。

母の日に、母に似顔絵をプレゼントしましょうという
行事は当然のように切ないのだが、もっと辛かったのは
教師に代わりに父の絵を書くように言われて、咄嗟に顔が
思い出せなかったことだ。

父が遅くまで俺たちの生活を支えるために必死に働いていることくらい、
いくら幼いったって理解はできる。
俺は、顔をすぐに思い出せないくらい家にほとんど居られない
父に申し訳ない気持ちで一杯だった。今でも思い出すと胸が苦しくなる。

父のことはその時も、今も感謝しているし、大好きだ。
照れくさくて言わないけどね。


[ 2014/03/30 16:01 ] 父親 | CM(0)

親父、俺にガキが出来てもし同じ事聞いてきたら、親父と同じ様に答えるよ。

506: おさかなくわえた名無しさん 2004/12/14 01:35:47 ID:OX5oHbWS

ガキの頃親父と二人で歩いてたら、箱状の物が3種類しか売っていない小さな自動販売機があったんだ。
俺が「お父さん、あれ何?」って聞いたら、
「ああ・・・、あれは高級な煙草だ」って。

それからすぐに親父は死んだから、これくらいしか親父との思い出はないんだよね。

親父、俺にガキが出来てもし同じ事聞いてきたら、親父と同じ様に答えるよ。


[ 2014/03/30 10:01 ] 父親 | CM(0)

何ということだ。娘が私の変わりにこの家を守ろうとしている。

493: おさかなくわえた名無しさん 2004/12/12 18:30:29 ID:SAtrbW1A

もう10年も前の話
妻が他界して1年がたった頃、当時8歳の娘と3歳の息子がいた。
妻がいなくなったことをまだ理解できないでいる息子に対して、私はどう接してやればいいのか、父親としての不甲斐なさに悩まされていた。
実際私も、妻の面影を追う毎日であった。寂しさが家中を包み込んでいるようだった。
そんな時、私は仕事の都合で家を空けることになり、実家の母にしばらくきてもらうことになった。
出張中、何度も自宅へ電話をかけ、子供たちの声を聞いた。
2人を安心させるつもりだったが、心安らぐのは私のほうだった気がする。

そんな矢先、息子の通っている幼稚園の運動会があった。
“ママとおどろう”だったか、そんなタイトルのプログラムがあり、
園児と母親が手をつなぎ、輪になってお遊戯をするような内容だった。
こんなときにそんなプログラムを組むなんて・・・

「まぁ、行くよ♪」 娘だった。
息子も笑顔で娘の手をとり、二人は楽しそうに走っていった。
一瞬、私は訳が分からずに呆然としていた。
隣に座っていた母がこう言った。

あなたがこの間、九州へ行っていた時に、
正樹はいつものように泣いて、お姉ちゃんを困らせていたのね。
そうしたら、お姉ちゃんは正樹に、
「ママはもういなくなっちゃったけど、お姉ちゃんがいるでしょ?」
「本当はパパだってとってもさみしいの、」
「だけどパパは泣いたりしないでしょ?」
「それはね、パパが男の子だからなんだよ。まぁも男の子だよね。」
「だから、だいじょうぶだよね?」
「お姉ちゃんが、パパとまぁのママになるから。」
そう言っていたのよ。


[ 2014/03/29 22:01 ] 母親 | CM(0)

約3年ぶりに淡い恋心が芽生え始めていた…が、左手の薬指に指輪を発見…

481: おさかなくわえた名無しさん 2004/12/11 12:50:10 ID:66fUbbBa

最近整骨院に通いだした。
そこの院長は私の1つ上の姉の同級生でまだ20代前半。
外見はタイプじゃないけど、凄く話しやすくて感じの良い人。
男の人と話すのが苦手な私にとってはとても貴重。
約3年ぶりに淡い恋心が芽生え始めていた。

が。

一昨日、左手の薬指に指輪を発見。さりげなく聞いてみた。
……既婚者だった。
今年の頭に結婚したらしく、いつも受付で笑顔で対応してくれる美人が奥様だった。

確かに私の友人も何人か結婚しだしたけど、こんな風に気になってた人が既婚者っていうのは初めてで
自分もそんな歳になったんだなーと実感した。
と同時に、これから好きな人が出来てもこういう事がまた起こりうる可能性が大なんだ~
と思うと切なくなった。


[ 2014/03/29 16:01 ] 恋愛 | CM(0)

その夜はお布団の中で泣きました。

483: おさかなくわえた名無しさん 2004/12/11 21:30:39 ID:qVhVVJPB

私が小学生の時。
家ではお風呂の準備担当だった。
いつもお湯を溜める時に使う愛用のタイマーは、
電池が少なくなると時たま勝手に電源が切れたりする。

その日もタイマーが途中で止まったらしく、お湯が溢れてしまうまで気がつかなかった。
父は「私がタイマーを入れてなかった。だらしの無いやつだ」と怒った。
普段からタイマーを使ってて、上記の性質も理解していたので説明したが、
信じてもらえず、ますます父の怒りを買い、嘘吐きだ、正直に言え、と叱り飛ばされた。
始めは否定して分かってもらおうと説明するが、火に油を注ぐ結果になった。
そんなに長時間激しく怒鳴られたことの無かった私はついに、
「私が忘れていました。ごめんなさい。もうしません」
と涙ながらに言った。

後で、その場にいなかった母親に涙ながらに必死で説明した。
「そうなんだ…でも、本当はあなたが忘れたんでしょ?ちゃんと謝りなさい」
その夜はお布団の中で泣きました。


[ 2014/03/29 10:01 ] 父親 | CM(0)

なんのきなしにアルバムをめくってみて、最後のメッセージのページを見てみると、 教室に放置しておいたときに書き足したのか、N子のメッセージの下に…

475: おさかなくわえた名無しさん 2004/12/10 18:30:36 ID:7MiiciQK

じゃあ、この流れに乗っておいらも一つ。
小学校の五、六年の頃、N子ってヤツがいて、そいつと結構仲良かったんだ。
百六十センチくらいと結構背が高くて、スラッとしていて顔も結構可愛かった。
まあ、性格はボーイッシュ(っていうのか?)な感じで男勝りで、その頃は
女子の方が男子より背が高いからクラスでは男子からは尊敬と畏怖の目で見られていた。
まあ、明るくて物怖じしないから誰とでも仲良かったから、多分自分もその他大勢の中だったと思う。
俺は背は当時百四十センチで、運動はあんまり出来ないけど勉強は出来た。
ただ水泳はそれなりに速かったんだが、N子も水泳が速かった。
俺の学年は、何故かちゃんと泳げる人が少なかったから、夏の水泳の授業は当然そう言う人が中心の進みだった。
で、クロール、背泳ぎ、平泳ぎがしっかりと出来るヤツはクラスで十人くらいで、する事がない。
だから、先生がプールの四分の一を俺達に貸してくれて自由に泳いで良いって言ってくれた。
プールは二時限続きが多かったから、当然みんなで遊びまくったり、競争をしまくった。
で、その中でもN子がダントツに速くて誰も勝てないから、N子に教えてもらうようになった。
そのあたりから凄く仲が良くなって、休み時間もよく話したりするようになった。


[ 2014/03/28 22:01 ] 恋愛 | CM(0)

俺が最初からB子のことを好きだったら、何か変わったのかもしれないな・・・って 雪の季節が近づいたら思いました。

471: おさかなくわえた名無しさん 2004/12/10 16:58:29 ID:Ok+lV7UL

俺の住んでいる地域では中3の9月ぐらいから、受験勉強をみんな始めるのですが、
そのときには好きな人がいた。A子としよう。
中1の時からなんだけど、同じ塾で人懐っこい人だった。
彼女は俺の話も聞いてくれるし、よく、塾で二人で早めに来て勉強をしていた。
そのこのことが純粋に好きだった。
 学校で良く隣の席になるB子がいた。
目が悪い同士、コンタクトレンズをしても限界があるため前のほうの席を二人そろってしていた。
3回の席替えのうち1回、年12回有るから4回はなった。
ある日、こんな事を言われた。
「○○○ぃー、(あだ名)の好きな人ってA子?」
さりげなく聞いてきたので、かなり動揺してしまって。ばれてしまった。
それからはよく、女の気持ちがあんまりわかんない俺の相談を受けてくれたりした。
そんな毎日が過ぎる中、冬休みがやってきた。
親友のC君とメールしているとある噂が流れていた事がわかった。
その真偽を塾でA子に直接聞いた。
「D君と付き合ってんの?」
さり気に聞いたつもりだった。だけど、
「誰からきいたん?」
と聞き返されてしまった。
がっかりしたそぶりを見せながら授業に向かおうと、答えを返さなかった。
 冬休みが終わって1月。
俺のいる県では、私立より公立のほうがレベルが高いのだが、
1月末には私立の受験があった。
県内では一番レベルの高い普通科私立(それでも偏差値55)
の高校を受験するつもりだった。
そんなときA子が席の近くまで来ていたので、衝動的に
「A子さん、俺、すげぇおめぇの事好きだったんだけどなぁ」
って言ってしまった。


[ 2014/03/28 16:01 ] 恋愛 | CM(1)

あのアトラクションが「ファンタジー」なのがよくわかった気がする。 年を取ったんだなあ、自分。

463: おさかなくわえた名無しさん 2004/12/09 15:15:28 ID:XF0n4biq

ディズニーランドのイッツ・ア・スモールワールド、何回行っても切なくなるのは
私だけかもしれない。

20年前、あそこに行って、世界は一つになるんだって思っていた。
20年後の今、一つどころかぐっちゃぐちゃでにこやかに人形達は笑い続けている間にも
木っ端微塵に吹っ飛ばされる人がいる。
おまけにスポンサーのそ○うは夢なんか語ってる場合じゃねえ。

あのアトラクションが「ファンタジー」なのがよくわかった気がする。
年を取ったんだなあ、自分。


[ 2014/03/28 10:01 ] その他 | CM(0)

スイカ見ると、そのおばあさんを思い出す。

456: おさかなくわえた名無しさん 2004/12/05 16:41:07 ID:D/u0roNT

何年も前だけど、祖母が入院してて、母が看病に通っていた。
自分も学生で暇があったから、ちょくちょくついていっていたんだけど、
その部屋に、ボス患者がいて、横柄だしすごく口うるさい人だった。
同室の人に見舞いがくれば「こっちは具合が悪いのに居座られて迷惑」
夜中にナースコールをした人がいたら「目がさめた!いい迷惑だ」と
大騒ぎしたり、正直もてあまされてたっぽい感じで、家族の人もあまり
来なかったらしい。

でも、いきなりそのおばあさんが静かになった。看護婦さんにも周りの人にも
なにかしてくれたら「ありがとう」、見舞いにった私にも
「○○さんは孫が来てくれていいね。いい子だね」と、学校の話とか
家の犬の話とか、喜んで聞いてくれた。
そして冬のある日、そのおばあさんが「スイカが食べたいね」と言った。
買い物に出るついでだからと、スーパーを回ったけどなかなか売ってない。
やっと見つけた、カットされたスイカ、あまりおいしくなかったかもしれない。
でもそのおばあさん「ああ、おいしいね、美味しいね。ありがとう」と
こっちが恥ずかしくなるくらい喜んでくれた。

それからしばらくして、そのおばあさん個室にうつって、そこで亡くなった。
息子さんが祖母に「スイカ美味しかった、とずっと言ってました。ありがとう
ございます」と言って、引き取っていったそうです。
スイカ見ると、そのおばあさんを思い出す。


[ 2014/03/27 22:01 ] 祖父母 | CM(0)

団地の駐車場の蔭に積み木崩しような制服姿の煙草をすってる女子学生2人に手でおいでおいでをされてしまい…

449: おさかなくわえた名無しさん 2004/12/04 15:50:20 ID:GMh5VLOe

小学校1年の時、同じクラスだった近所の男の子と遊んでた。
塀の上を歩いたり石を蹴ったり他愛もない遊びをしていると、
団地の駐車場の蔭に積み木崩しような制服姿の女子学生が2人煙草をすっていた。
「なんだか怖いおねえちゃんだなー」と幼心に思っていたら
その2人に手でおいでおいでをされてしまった。
すると男の子が「僕のお姉ちゃんだよ」というので2人でおいでおいでの方へ行ってみた。
その積み木崩しの姉達は「遊んでるんだー。仲良くしなねー」とニコニコしながらやさしくいってくれた。
2人そろって赤く激しいカーリー頭のその姉達は10も年の離れた弟をかわいがっていたんだろうなー、
と思うと大人になった今、なんだか切なくなってしまう。
面白くもなんともない話しだが20数年たった今でもこの日の光景が忘れなれない。


[ 2014/03/27 16:01 ] 兄妹 | CM(0)

母親が死んでから、今までごろごろしていた親父が台所に 立つようになり、父親が「うまいか?うまいか?」ってにこにこ聞く。

430: おさかなくわえた名無しさん 2004/12/02 16:23:41 ID:iMIEb+xn

母親が死んでから、今までごろごろしていた親父が台所に
立つようになった。
毎晩ステーキばかり。(本格的な作り方だったけど)
私は肉好きだから喜んで食べてたけど。
その様子を見て父親が「うまいか?うまいか?」ってにこにこ聞く。

ああくそったれ。
親父、母親がいなくなった私に何を食べさせたら喜ぶのか
今までほったらかしにしてたからよくわからなかったんだな。

あのな、別になんでも良かったんだよ。
夜中こっそり仏壇の前で泣いてるあなたに、ご飯を作ってもら
えるだけで良かったんですよ。
数年後、私が料理をするようになったけど、親父は何を食べても
「うまい、うまい」としか言わなかった。

それ。作ってもらえるならなんでも美味しいんだよ。


[ 2014/03/27 10:01 ] 父親 | CM(0)

帰り道コートに顔を埋めるようにして歩いていたら、あの人の移り香が

405: おさかなくわえた名無しさん 2004/11/30 14:27:19 ID:upCUGjTQ

別れた彼氏と偶然会い、近くの公園でポツポツと喋った。

婚約者が出来た事、向こうも好きな人が出来て今アタック中
な事、近況を語り合った。
雪が積もってきていた。
「寒いね」「ああ」
会話に距離感を感じて、そこでやっとあの頃から時間は進んでいた
のだと実感できた気がした。
白い吐息を吐きながら「じゃ。幸せにな」と去っていく後ろ姿
を見ていたら、ふと別れた頃もこうして雪の積もる中話していた
ことを思い出した。
あの頃は、「寒い」と言うと黙ってマフラーを貸してくれたっけ。
そう思ったら、涙がポロポロ出てきた。

帰り道コートに顔を埋めるようにして歩いていたら、あの人の移り香
が鼻腔をついてまた前が見えなくなった。


[ 2014/03/26 22:01 ] 恋愛 | CM(0)

ごんぎつねを何度も読んで、その度にバカみたいに泣いていた…

417: おさかなくわえた名無しさん 2004/12/01 23:45:21 ID:NVhsc2pP

ごんぎつねを何度も読んで、その度にバカみたいに泣いていた・・

なんであんな理不尽な死に方をしなきゃいけなかったのかと思うと・゚・(つД`)・゚・


[ 2014/03/26 16:01 ] その他 | CM(0)

サザエさんのエンディングの歌、 ちっとも楽しい歌じゃないなあ、あれ

400: おさかなくわえた名無しさん 2004/11/30 00:01:55 ID:KVU44U2k

サザエさんのエンディングの歌、
「♪大きな空を眺めたら 白い雲がとんでいた」
「今日は楽しー 今日は楽しー ハイキング♪」
を聞くと、無茶苦茶せつない気持ちになる。

それにしてもちっとも楽しい歌じゃないなあ、あれ


[ 2014/03/26 10:01 ] その他 | CM(1)

父の部屋の本棚で初めて見るアルバムらしきを見つけた。

390: おさかなくわえた名無しさん 2004/11/28 20:40:45 ID:/CsYHpTG

中学の夏休みに母親と大喧嘩して家を飛び出し朝まで繁華街とかをぶらついた
事が一回だけあった。帰ると家族全員が居間に居た。夜勤の父は職場から
抜け出して帰ってきていた。普段仲の悪い兄も車で私の事を朝までさがして
いたらしい。怒られると思ったら父が帰ってきて良かった。飯食え。と言った。
でも私はまだ母が許せなかったので口も聞かず部屋に閉じこもった。数日後
父の部屋の本棚で初めて見るアルバムらしきを見つけた。それは赤ん坊だった
私の写真が貼ってあった。その横に母の物と思われる日記が書いてあった。
それによると私を産んだとき母は難産だったらしく産まれた後も未熟児
だった私の世話が大変だったらしい。私の写真は2歳ごろまで貼ってあり
最後の方のページに産まれてきてくれて有難うと書いてあった。それを
見て私は大泣きした。母と喧嘩した時に何で私なんか産んだんだよと言って
しまった自分は本当に馬鹿だと思った。母はそれを聞いた時どんな気持ち
だったんだろうと思うと凄く泣けてきた。その日母に謝った。それから
いつか産んでくれて有難うと母に言いたいと思っている。


[ 2014/03/25 22:01 ] 母親 | CM(0)

ここまで生きてきたのに何故もう少し生きてくれなかったんだ

371: おさかなくわえた名無しさん 2004/11/28 00:35:05 ID:/qMvoS9o

もう10年近く前の話だがこのスレを見つけたんで・・・。

結婚した翌年の4月に俺の長男が生まれたんだが、
その年の2月に俺の母方の祖母
3月には嫁の母方の祖父が相次いで亡くなった。
2人とも初曾孫の予定だった。
ここまで生きてきたのに何故もう少し
生きてくれなかったんだと酷く悲しかった。
俺の祖母の遺影が、俺の結婚式の時の写真だと気付いて
余計に悔しかった。
嫁も祖父の死に顔さえ見にいけない(妊婦の為)状況に
泣きじゃくっていた。

その長男も今では小学2年生。
この話はした事がないが、大人になったら話して聞かせようと思う。


[ 2014/03/25 16:01 ] 祖父母 | CM(0)

「あなたの父親が生活保護を申請しています。ですが出来たらあなたたち家族で 養えませんか?」

357: 1/2 2004/11/27 15:03:02 ID:f0e1w0he

両親は自分が幼い頃に離婚して、母が昼も夜も働いて私と兄を育ててくれました。
子供の頃に数回ほど会っていた父は突然どこかに引越してしまい、唯一の連絡手段だった
携帯電話も解約され連絡が一切とれず、所在も生死も判らない状態に。
子供には甘い父親でしたが実際は酒ギャンブル借金当たり前、その上離婚後は母に
養育費を一度も払わず逃げたりした父を、私はあまり信用しきれず育ちました。

そして行方が知れなくなって10年近く経ち、遠く離れた県から手紙が届きました。
内容は「あなたの父親が生活保護を申請しています。ですが出来たらあなたたち家族で
養えませんか?」というお役所(うろ覚え)からのもの。

ようやく父の所在が判った事、それに父が生活保護を申請していたことに驚きました。
ですが我が家も借金があり金銭的にも余裕が無いのと「養育費さえ払ってもらえてたら母も
借金を作らずに済んだのに!」というドロドロした思い、自分が幼い頃に父に言われた言葉に
騙されて傷ついて長い間苦しんできた事もあり、非情かと思いつつ「養えません」と
手紙を返送しました。兄の元へも同じ手紙がいっており、父と暮らしたがった兄も
既に結婚しており今の生活にいっぱいいっぱいで金銭に余裕が無いので断念。
でも兄は手紙を返送する際、「何かあったら連絡ください」と携帯の番号を追記してました。

その数日後、兄の電話に入った連絡は父の訃報でした。


[ 2014/03/25 10:01 ] 父親 | CM(0)

子供ながらに、その女の子は幼稚園とかで意地悪されてたりするのかな、と なんか悲しくなった。

342: おさかなくわえた名無しさん 2004/11/26 17:18:47 ID:VsXCnQ17

小学生の頃、うさぎ小屋の掃除当番だったときに、
小さな女の子を連れた夫婦がやってきて「うさちゃん見せてくれますか?」と
話しかけてきた。みるからに優しそうで、品のいいご夫婦って感じだった。
どうぞ~。だっこしますか???とか話しかけたら、嬉しそうに
娘さんに「さわらせてもらいなさい?」と奥さんが言った。
そのとき、小さな娘さんがサングラスのような、色の濃い眼鏡をしてることに
気がついた。そして、片方の目の色が、黒じゃないことも一目でわかった。

子うさぎが何匹もいて、かわいかったから「だっこする?」と話しかけても
その子には表情がなかった。お父さんやお母さんが話しかけても、
うなずくだけで、笑いも怒りもしなかった。
しばらくして、ありがとうと言ってその親子は帰っていったけど、
子供ながらに、その女の子は幼稚園とかで意地悪されてたりするのかな、と
なんか悲しくなった。もう20年くらいは経っているけど、たまに思い出す。


[ 2014/03/24 22:01 ] 子供 | CM(0)

「花を楽しみにしている」と言った父の気持ちを私の不注意で駄目にしてしまった

334: おさかなくわえた名無しさん 2004/11/26 03:19:25 ID:bWch4kWM

小学生の時。
学校で種を植えるから、いつもは一緒に買い物なんてしない父親と植木鉢を買いに行った。
ごく普通の鉢だったけど、何だか嬉しくて
学校に行く時は、手にぶら下げたりぐるぐる回したり。
父との会話を思い出しながら学校が見えてきた頃、買ってきた鉢は
私の手からすっぽ抜けてアスファルトの地面に叩き付けられた。
それはただの破片に変わってしまった。

お父さん、ごめんなさい。
学校に行ってからも涙が止まらなかった。
一緒に買いに行った時の父の笑顔が浮かんでくる。
「花を楽しみにしている」と言った父の気持ちを私の不注意で駄目にしてしまったんだ。

もう20年は立っているが、時々亡き父の思い出と共に甦ってくる。
思い出すたび、謝りたくなる。


[ 2014/03/24 16:01 ] 父親 | CM(0)

あんなに仲良くなれる人にはもう出会えないだろうな、と思う。

327: その1 2004/11/26 02:32:02 ID:5Rl/cygU

2年前までバイトをしていた。
私は当時浪人生という名のフリーターで(いろいろな事情で進学から逃げ、
現在は就職した)
夕方からのバイトだったため周りに学生さんがいっぱいいた。
が、自分の中にどこか学生を羨み、妬む気持ちがあったためか
いまいち学生さんたちとは仲良くなりきれず、たまたま
私の他にもう一人いた同い年のフリーターの女の子と仲良くなった。
その仲の良さといったら半端ないもので、町のなかでも平気で
手を繋いで歩いたり、ご飯を食べに行けば3時間や4時間ほど
熱く語り合ったりできるほどだった。

話の内容は、私が学生の頃いじめられていて、不登校だったこと。
その分を取り戻すために通信制の高校に行っている事。
仕事ができないため、どんどん増えるバイト先の悩み・怒り・愚痴。
ほとんど私の一方的な相談を、彼女が優しくアドバイスしてくれたのだけど。
しかし、彼女には恋人がいなかった。ので、バイト先にいた好きな人のことを
相談するときだけは、「私は経験がないからアドバイスできない」と
彼女は言い、唯一二人ではしゃぎ、考え合った。

私は、彼女が大好きだった。
小中学校といじめられてきた私には、信じられない存在だった。
私なんかの話を真剣に聞いてくれて、ずっとそばにいてくれるなんて。
絶対に離れたくない、恋人以上の存在だった。


[ 2014/03/24 10:01 ] 友情 | CM(0)

「●●(下の兄貴)じゃなくておめーが死ねばよかったんだよ!」と怒鳴ってしまった。

314: 1/2 2004/11/25 23:52:37 ID:qQbafFez

俺には年の離れた兄貴が2人いた。
上の兄ちゃんは大人しいタイプで、下の兄ちゃんは活発で騒がしいタイプ。
俺が小学生の時には2人とももう中学生と高校生だったからか、
2人とも俺をすげー可愛がってくれて(もちろんケンカもめちゃめちゃしたけど)
宿題見てくれたりゲームとかプロレスとかの相手を真剣にしてくれたり、
くだらない話とか面白い話、ちょっとエロい話とかまで教えてくれたり。
俺も兄貴2人のことが大好きだったし、自慢の兄貴たちでもあった。

でも俺が中学に上がってちょっと経った頃、下の兄ちゃんが無関係の事故に巻き込まれて死んだ。
俺も上の兄ちゃんも両親も当然辛くて悲しくてやりきれなくて、マジでどうしようもなかった。
それからようやくちょっと気持ちが落ち着き始めた頃に、俺は自分の友達から
「上の兄ちゃんがオタクで、しかもそのせいで兄ちゃんがクラスの奴とかからバカにされてるらしい」
って話を聞いた俺は最初「こいつ、俺の兄ちゃんのこと何悪く言ってんだよ!」と内心ですげーむかつきながら
「んなわけねーよ」って答えてたんだけど、結局それは事実だった。
兄ちゃんがアニメとか好きなのは知ってたけど、「オタク」とか言われるほどだとは思ってなかったのね俺。

で、俺は何かもうよくわかんないけど兄ちゃんがそういうオタクだったってことが恥ずかしいやら
兄ちゃんが他の奴らにバカにされてるってことが悔しいやら腹がたつやらで頭が混乱しちゃって、
オタク発覚の何日か後に上の兄ちゃんと大ゲンカした。ケンカっていうか、俺が一方的に
自分勝手に兄ちゃんを責めるみたいな酷いもんだったけど。で、そん中で俺は信じられないことに
「●●(下の兄貴)じゃなくておめーが死ねばよかったんだよ!」と怒鳴ってしまった。


[ 2014/03/23 22:01 ] 兄妹 | CM(0)

周りは楽しそうに家族で食事してるのを見て、ものすごく寂しかった。

312: おさかなくわえた名無しさん 2004/11/25 21:44:24 ID:Ppzo6uao

小6の時の運動会の話。
お昼時間になり皆が家族のとこに散っていくなか
私はなかなか親を捜すことができなくてうろうろしてた。
やっと校庭の端にいる母親を発見し、近寄っていくと
一人分のお弁当を渡され『これ急いで食べて。食べたら帰るから』と。
母親が見つめる中、そのお弁当を急いで食べた。
食べ終わると母親は空のお弁当箱を持ってすぐ帰っていった。
周りは楽しそうに家族で食事してるのを見て、ものすごく寂しかった。
まあ当時母親は他人の借金を返済していたため忙しかったから仕方がないし
恨んだりとかは全然ないんだけど、思い出すとちょっとせつない気持ちになる。


[ 2014/03/23 16:01 ] 母親 | CM(0)

私が弁当箱を開けて喜ぶ姿を想像しながら作ったのだろうと思うと、 急に母を責めたことが申し訳ない気持ちになった。

299: おさかなくわえた名無しさん 2004/11/25 12:12:46 ID:KTqVJSZC

私もひとつ食べ物がらみの想い出を。

運動会が雨で中止になり、教室で弁当を食べることになったある日、
弁当箱を開けるとなんだか甘いにおいがした。
よく見ると全てが何かの汁を吸ったように甘くてべたべたしている・・・。
私はがっかりしながらも、お腹が空いていたので皆にバレないようにこっそりと
食べた。
家に帰って母に猛抗議すると、「牛乳寒天入れたの・・・」と言って悲しい顔になった。
牛乳寒天は子供の頃母がよく作ってくれたおやつで、寒天に砂糖と牛乳を入れたものだ。
私はそれが大好きで、よく作って欲しいとせがんだものだった。
それがおにぎりの熱でとけてしまったのだ。
私が弁当箱を開けて喜ぶ姿を想像しながら作ったのだろうと思うと、
急に母を責めたことが申し訳ない気持ちになった。
今もあの甘いおにぎりの味は忘れられない。


[ 2014/03/23 10:01 ] 母親 | CM(0)

いじめられるヤツが悪い、てのはいじめるヤツの常套句だよな。

296: おさかなくわえた名無しさん 2004/11/25 11:20:15 ID:To6m8AaK

小学・中学・高校と別の人だけど、周りからいじめられてたっぽい子がいた。
汚いとか(別に不潔な子じゃなかった)ばい菌とか言われて避けられてた風だった。
殴ったりとかのいじめはなかったようだけど、精神的にはいじめと変わらない。
当時、友達でもなかったので言葉を交わしたことはほとんどなかったが
ふと、その子たちのことを思い出した。
強くたくましい人になってたらいいな…、いじめになんか負けない人に。
いじめられるヤツが悪い、てのはいじめるヤツの常套句だよな。

そういえば、小学の時にクラスのいじめっこみたいなのに掃除ロッカーの上に
乗ったヤツの帽子を取ってこい、取らなきゃ筆箱壊すぞ、とか言われた。
すごくお気に入りの筆箱と鉛筆で、でも何で他人の帽子なんかを危ない思いして取らなきゃならんの?と、
自分の鉛筆犠牲にしたことがあった。
あの鉛筆…気に入ってたのになぁ。
ヤツに折られるくらいなら、と自分で折ったんだ。
折れた鉛筆は悲しかったけど、それ以来ヤツは拘わって来なくなった。
そんなこともあったな…遠い昔。


[ 2014/03/22 22:01 ] 学校 | CM(0)

ドライブスルーで何かがおかしい…

293: おさかなくわえた名無しさん 2004/11/25 05:54:53 ID:ld+pEgSs

では~

昔家族でちょっと遠出した時のことです
お昼はマクドナルドのドライブスルーで済まそうということで、私はハンバーガーのセットに、
ミルクティー(普通のアイスティー+コーヒー用ミルク+シロップ)を頼みました
しばらくしてポテトの匂いに我慢できなくなり、妹と二人で先に食べました
が、何かがおかしい…
アイスティーじゃなくてアイスウーロンですた orz
アイスウーロンにミルクとシロップを入れたときのあの微妙な味
食事の時は飲み物がないと食べられなくて、炭酸も飲めなかったので(妹はコーラを飲んでました)
仕方なくミルクウーロン茶を飲みました
切なかったなー…


[ 2014/03/22 16:01 ] その他 | CM(0)

もしかしたら私のせいで死んじゃったのかも。

272: おさかなくわえた名無しさん 2004/11/24 18:35:21 ID:4vTnyVuF

小学校の時、裏門の所に小さな黒猫の赤ちゃんが捨てられてた。
両目とも膿でくっついてて見えてない様子。
どうしても無視できなくて家へ持って帰ったら、やっぱり飼ってはダメって言われた。
近所の家の庭の近くに置いてきなさいといわれ(そこの家は野良猫に餌を上げていたらしいので)
泣く泣くそっとその家の庭の近くにおいてきた。

数日立ってその近くを通りかかった時、みゃーみゃーという子猫の声を聞いた。
もしやと思ったらやっぱりあの時の黒猫だった。
がりがりに痩せてて体中に蚤が付いちゃってて、もうどうしても放っておけなくて連れて帰った。
親にはいっぱい頭を下げて自分が全部に責任持つからと頼み込んでどうにか飼うことを許してもらった。

ミルクを上げて、体を洗ってあげて、湯たんぽを入れてあげて、と子供ながらに色々してあげたんだけれど
1週間も立たないうちに死んでしまった。
死んでしまった日の前日の夜、いつもは枕もとの箱の中で寝てる子猫が、
なぜか初めて私の布団の中にもぐり込んできた。
でも私はつぶしてしまうのがイヤだったし、まだ蚤がいたらいやだなと思い箱に戻した。
その次の日の朝、子猫は冷たくなってしまってた。

もしかしたら寒かったのかな。
一緒に寝てあげればよかった。
最初にもっとちゃんと親に頼んで、飼ってあげられたらよかった。
子供だったからなんの知識もなくて、もしかしたら私のせいで死んじゃったのかも。
病院にも連れて行ってあげられなかった。
まだほんとにちっちゃい子猫だったのに。
本当にごめんね。


[ 2014/03/22 10:01 ] ペット・動物 | CM(0)


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