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同棲相手が「好きじゃなくたった。もうお前とjは暮らせない」そういって部屋を去った数ヶ月後、飲みに行った友人から彼が結婚したと聞かされた

965: 大人の名無しさん 2005/03/19 21:19:03 ID:rGtbgD3F

同棲相手が「好きじゃなくたった。もうお前とjは暮らせない」そういって部屋を去った。
数ヶ月後飲みに行った友人から彼が結婚したと聞かされた
「あんた達4年も一緒に暮らしてたのに..ショックでしょう?泣いていいのよ」
泣けなかった。
翌日会社に行こうと思ったが、頭が重くて起きられなかった
会社でインフルエンザがはやっていたから、てっきりうつされたと思ったので
会社に欠勤の連絡を入れた
病院に行こうと家を出たが、なぜか足が駅に向かった
電車を乗り継いでたどり着いたのは彼とよくデートした公園
同棲を初めてお金がなかった頃よくお弁当もって遊びに来た場所
その場所に1人で来て2人でお弁当を食べた樫の木の下で1人で泣いた。
強くなりたい


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[ 2014/02/28 22:01 ] 恋愛 | CM(0)

「うん」とでも言おうものなら舅がすぐに でも召されてしまいそうで恐かった

955: 仕事バカ 2005/03/18 00:19:51 ID:KK8pUecV

二年前舅が亡くなった。半年の入院生活の上、最後は意識の戻らぬまま
帰らぬ人となった。
私たちは結婚して10年になる共働き夫婦。どちらも少し変わった職種
で、帰宅はいつも深夜。盆も正月も休みがとれなかった。忙しさにかま
けて、実家とのやりとりも少なくなり、私の実家には一度も、夫の実家
には一度しか顔を見せなかった。それを気にしていないわけではなかっ
たが、夫は家族と不仲で決して一人では帰郷しようとしない。私は特に
正月が忙しく仕事をはずせないので「ひとりでも田舎に帰って」と頼ん
だことが何度かあったが、夫は聞き入れることも無く、私もだんだんに
言わなくなってしまった。そんな時、舅の緊急入院。本当に突然だった。
癌だ。
それから毎週帰郷するようになった。東京から東北へ、いままで通えな
かった分取り戻すつもりで通った。取り戻せるわけがないのに。
舅が食事をとれなくなってきたと連絡があった。せめて流動食でも口に
いれて欲しいとヴィシソワーズを持っていった。冷製スープなら時間が
たって冷めることも気にならない。
「初めて食べたけどうまいなぁ」
舅が口にしてくれた。うれしかった。このまま元気になってくれるかも
しれないと淡い期待すら抱いた。
でも病魔の進行は抑えられなかった。日に日に弱っていく舅が、ある日
夫に言った。
「母さんをたのんだぞ」
「何言ってンだよばか」
夫はそれしか言えなかった。「うん」とでも言おうものなら舅がすぐに
でも召されてしまいそうで恐かったのだそうだ。


[ 2014/02/28 16:01 ] 義両親 | CM(0)

日に日に弱っていく父を目の前にし、掛ける言葉が無く、これが本当に憎んでいたあの父なのか? と困惑しました

950: 大人の名無しさん 2005/03/17 15:18:52 ID:JrVMOz7/

流れぶった切ってスマソ。
一昨日、父が他界しました。71歳でした。
約11ヶ月前に余命一年以内と告知され(本人告知はなし)
覚悟はあったものの、いざその時がきたらかなり動揺しました。
このスレにも何人かいましたが、私も生前の父とは不仲でした。
でも、日に日に弱っていく父を目の前にし、又治って退院できると
思い込んでいた父を見ていると今までとは違った意味で
掛ける言葉が無く、これが本当に憎んでいたあの父なのか?
と困惑しました。
いざ、亡くなって遺品等を整理しながら部屋を整理していると
本人の性格(物を欲しいだけ集めてちゃんと管理しない、お金の管理も
いい加減、表面が良く見栄っ張り、等々・・・。)が今の私とそっくり
な事に気付かされ”あぁやっぱりこの人は私の父なんだなぁ・・。
と思いその夜、お風呂に入りながら思いっきり号泣しました。
わだかまりがあり、最後まで素直に接する事が出来なかったけど
後悔はありません。でも、なんか涙が止まらない時があるんだよなぁ・・。
お父さんへ
ずーっと好き勝手なことばっかりやっていて同居のくせに
ろくすっぽ口もきかず、意地っ張りで、へそ曲がりだったけど
あなたの血を人一倍受け継いだ子だと思って許して下さい。
もう、食事制限もないし、お酒も呑めるのであの世で楽しく
やっている事だと思います。私がそっちへ行く頃には多少
素直になってるとは思うのでその時は親孝行しますので・・・。
今暫く待ってて下さい。では・・・・

書いているウチにまた嗚咽してしまい、訳の判らない文章スマソ。
明日の通夜、葬式ガンガッテキマス・・・・。


[ 2014/02/27 22:01 ] 父親 | CM(0)

俺は、「これまで有難う、さようなら」 とだけ言った。その夜彼女は自殺した。

931: 大人の名無しさん 2005/03/13 01:05:12 ID:TozgOw3U

>>918
冷静で賢い方ですね。素晴らしい。
浅学なので、母親のあなたが今現在立派に育ててるのに
「子供を亡き夫の親族に取られる」という事態が起きるのか
どうかわかりませんが、どうぞ頑張って下さい。
法律が何よりの味方になってくれることを祈ります。


鬱で自殺した元夫の葬儀に出たら向こうの親族から責任押し付けられてしまい、
精神的に不安定になってしまった幼馴染を思い出してしまいました。

離婚の原因は元夫のDVなのに、死んでまで彼女を苦しめるのか。
「元夫を送りたい」という彼女の最後の責任感が結果的に彼女を追い詰めてしまった。
今では連絡すら取れない彼女は今元気なんだろうか。やりきれない気持ちです。


[ 2014/02/27 16:01 ] 恋愛 | CM(0)

元夫が自殺した。

918: 大人の名無しさん 2005/03/11 20:04:55 ID:VDND//8E

元夫が自殺した。

連絡を受けたとき、目の前で電球を思いっきり割られたような気分だった。
思わず、何もわからない息子を抱きしめて、
「○○ちゃん、お父さんね、死んじゃったんだって」と言って少し涙が出た。

かなりどろどろした離婚だった。離婚前の言い争いのあとや、
離婚後に思い出して泣いていたことが多かった。
許せないこともいっぱい言われた。これからのこと考えると夜も眠れなかった。

息子にも私にもこんな目にあわせるんだから死んじゃえとも思った。
ろくな死に方しないんだからと思った。
ほんと、ろくな死に方じゃなかった。

彼は、死ぬ前にどんな思いを抱いて、自分の命を消したのだろう。
最近笑うことが多い私と、笑顔が多くなった息子が歌いながら暖かい布団で眠っていたとき、
彼は、一人で冷たくなっていたんだね。

彼そっくりの息子の眼を見ながら、彼の眼はもう開かないんだと思った。

あんなにひどい別れ方をして、傷ついて、周りにも迷惑かけたのに
どうしてこんなにショックを受けてるんだろう。自分でもわからない。

息子が大きくなったら、なんて話せばいいのだろう。


[ 2014/02/26 22:01 ] 恋愛 | CM(0)

あの日、素直に会いに行ってたら飛び降りなかったの?

905: 大人の名無しさん   1/2 2005/03/09 19:34:38 ID:uFsGM76A

本気で大好きだったあの人に出会って、仲良くなって。
いつも自分たちの関係をはっきりさせようとすると
のらりくらりとかわされつつも、一緒にいたし付き合ってたと思ってた。
しかし、「彼女はいない」と言っておきながら
実は別居中とはいえ奥さん持ちだって聞いたとき軽く泣いた。彼を恨んだ。
たしかに「彼女」はいなかったけどね。

でもそんな涙は序の口だった。


[ 2014/02/26 16:01 ] 恋愛 | CM(0)

私が あなたを 選びました

901: 大人の名無しさん 2005/03/08 19:59:41 ID:96SoVX/l

---私が あなたを 選びました---

おとうさん、おかあさん、あなたたちのことを、こう、呼ばせてください。
あなたたちが仲睦まじく結び合っている姿を見て、
わたしは地上におりる決心をしました。
きっと、わたしの人生を豊かなものにしてくれると感じたからです。
汚れない世界から地上におりるのは、勇気がいります。
地上での生活に不安をおぼえ、途中で引き返した友もいます。
夫婦の契りに不安をおぼえ、引き返した友もいます。
拒絶され、泣く泣く帰ってきた友もいます。
あなたのあたたかいふところに抱かれ、今、わたしは幸せを感じています。


[ 2014/02/25 22:01 ] 子供 | CM(1)

6年しかねーちゃんやらせてもらえなかったんですけどね…

896: 大人の名無しさん 2005/03/08 10:32:35 ID:B2ZTecn2

小学校入学を控えた長男のもとに、新しい学習机が届いた。
無邪気に喜ぶ長男は同じ歳で白血病になり天国に行ってしまった実弟と
同じ笑顔をしていた。

涙が止まらなかった。わあわあ声上げて泣いた。


[ 2014/02/25 16:01 ] 兄妹 | CM(0)

財産は残せないが、人生の目的と教養を残してやる

875: 大人の名無しさん 2005/03/05 21:56:18 ID:9RH0PU5h

世間では一流と言われる大学に進学した。
特別裕福な家じゃない。本来なら卒業後就職して親に恩を返すのが筋だろう。
だが、俺は両親に甘えて、研究者になるという夢をかなえるべく、その筋では知られた研究室に進んだ。
自分の過ちに気付いたのはつい最近。それなりに能力に恵まれてるのに甘えて、研究者というのは本当に夢だったのか、自分が何をやりたいか、何をすべきか真剣に考えたことがないのに気付いた。
頭が痛くなるくらい考えてやっと道を見出せた気がした。その道に進むためにはまだ年月がかかることを実感した。
けれど両親ももう年だ。我侭は言えない。就職するつもりで相談した。
親父は
「気にするな。お前がやりたいことをやって幸せならそれでいい。財産は残せないが、人生の目的と教養を残してやる」
と言ってくれた。

数年ぶりに号泣した。思い出しただけで涙腺が緩む。
有難う。


[ 2014/02/24 22:01 ] 父親 | CM(0)

つまらないすれ違いで別れたと思っているだろ。でもあれは俺のシナリオ通りなんだ。

853: 大人の名無しさん 2005/03/03 04:25:59 ID:6n38f9/C

今日のチラシは両面印刷なので書かせてくれ。

俺が種無しだとわかったと伝えたら、絞り出すように、
自分を励ますように「二人の生活もあるかもね」と言ったよね。
俺はとてもショックだった。俺は自分が好きな女を失望させる
存在だって知らなかった。勿論君も言ってたとおり子供が
いなくても幸せな生活をしている夫婦は沢山いるだろう。
その努力は惜しむつもりはなかった。でもあの時の顔が忘れられない。
俺は自分の負い目を負わせたくなかった。

つまらないすれ違いで別れたと思っているだろ。でもあれは俺の
シナリオ通りなんだ。好きな女が幸せになれれば俺も幸せになれると
思っていた。そして幸せにしたかった。俺では君を幸せに出来ないと
悟ったんだ。

結婚おめでとう。幸せになって下さい。


[ 2014/02/24 16:01 ] 恋愛 | CM(0)

その時ほど、電車がこんなに遅いと感じたことはありません。

841: 大人の名無しさん 2005/03/01 02:17:41 ID:K0DShd4R

今から二年前、後数日で命日のおじちゃん。

あれは、僕が高校を控えていたときでした。
おばあちゃんから、「おじいちゃんの具合が悪いねん、ちょっと家まできてくれへんやろか」と電話がありました。
おじいちゃんは元々身体が弱く、入院が多かったので「あぁ、またかぁ。今回も大丈夫やろ」と考えていました。

そして、いざ家に着いて容態を見てみると、何か良く解らない事を絶えず口走っているおじいちゃんの姿がありました。
今考えると、それまでとはまったく違うケースだったのですが、僕は「でもまぁ、たいした事は無いやろ」などと軽く考えてました。
その日は夜も遅く、母も仕事があったので今晩様子見て、明日考えよう、ということになり、その日は帰りました。
そして翌日、やはり容態は思わしくないらしく、入院という事になり、救急車でかかりつけの病院まで送られました。
入院してから毎日、おばあちゃんで付きっ切りで、母は仕事から帰ると僕を車に乗せて見舞いに行ってました。

そして数日がたったが、おじいちゃんは一向に回復しませんでした。
そんな中ついに僕の受験の日がやってきました。
僕は昔からいじめられっこで、すぐに泣く子供でした。
「明日がけーへんかったらいいのに」「早く死なへんかな」と毎日考えていました。
そんな感じで中学も登校拒否になりましたが、塾にはなんとか通っていたので
私立の高校に受験ができるようになり、大袈裟ですが運命の一日だったのです。
そして受験を終え、手ごたえはかなりあって、なんとか合格しました。


[ 2014/02/23 22:01 ] 祖父母 | CM(0)

今日、ばあちゃんの通夜に行く。

828: 大人の名無しさん 2005/02/25 15:00:09 ID:hep2olVa

今日、ばあちゃんの通夜に行く。
小学校3年ぐらいまで同居していた。
つーか、親が共働きだったため、小さい頃はばあちゃんに面倒見てもらっていた。
一昨日、海外から帰ってきた直後に、ばあちゃんが倒れた、と連絡が入った。
病院へ直行したが、脳の太い血管が破裂したらしく、
呼吸をしているだけで、助かる見込みがないと言われた。
結局、昨日未明に息を引き取った。
久しぶりに会ったばあちゃんはおれの記憶より小さくなってた。
ずっと前に死んだじいちゃんとは駆け落ち同然で苦労したと聞いていたので、
若い頃に食えなかった旨い物を食べてもらおうと、
おれはよく旅行先から、カニや魚を送っていたのだが、
一度も直接土産を届けていなかった事に気付いた。
こんなに小さくなっているとは思わなかった。


[ 2014/02/23 16:01 ] 祖父母 | CM(0)

今思うとそんな自分を殺してやりたくなるけどね。

804: 大人の名無しさん 2005/02/23 01:13:12 ID:MBiLKzMB

スレの流れに関係ないかも知れないけど、
肉親に暴力ふるったり、辛くあたるのは、
その相手に対して物凄く精神的に依存
してるんだよね。甘えてるんだ。
俺もそうだった。
母親が出て行った後、家事全般は
80近くになったばあさんがやるようになった。
母親と違う料理、洗濯の仕方、掃除の仕方。
何もかもいらつくんだ。
一番嫌だったのは、頼んでもないのに、
やれお茶だお菓子だ俺の部屋に運んでくること。
「もう、いい加減にしろや!!!!」って切れちゃった。


[ 2014/02/22 22:01 ] 祖父母 | CM(0)

真っ暗な部屋の中 テレビのあかりだけ その前 にかーちゃんがボーッと正座していた

790: 大人の名無しさん 2005/02/20 12:08:16 ID:GpnFoYJu

うちのかーちゃん おやじの酒乱で離婚 以後3人の子を一人で
育てる 姉貴二人遠くに嫁ぐ 俺とかーちゃん二人暮らし
かーちゃん 酒を飲むようになる 度を越すようになる
俺に怒られるから隠れて飲む。友達から「電話したらお前のかー
ちゃんまたよぱらってたぞ」と言われ 怒ってかーちゃんを蹴っ
飛ばす 「クソババー てめー電話出るなこの!!」
「お母さん飲んでないよ」ろれつが回らない言葉で俺に許しを
乞う それを聞いてまたかーちゃんの頭を思い切りひっぱたく
そんな日が続いた


[ 2014/02/22 16:01 ] 母親 | CM(0)

「ああ、逝ったな」そう思った。虫の知らせって本当にあるんだよ。

782: 大人の名無しさん 2005/02/19 00:52:28 ID:BCEt+1LV

親父が死んでもう2年になる。
酒が大好きで、本当に死ぬまで飲み続けてた。
職を転々とし、やっと入った会社も上司との折が悪く半年持たずに辞めてしまう。
家のローンを抱えながら、母は大変だったと思う。
でも、そんな親父でも俺は大好きだったんだ。

親父は元自衛官で、いつも自衛官の頃の自慢話ばっかりしてたな。きっとあの頃が一番輝いていた頃なんだろう。
そんな話しをガキの頃から聞いて育った俺は、高校卒業後自衛隊に入った。本当に喜んでくれたっけ。
俺はちょっとした出世コースに乗って、入隊後2年で当時の親父の階級を抜いたんだ。そしたら親父の奴
「俺も昇任早かったけど、お前に抜かれたなぁ。」
なんてニコニコしながら嬉しそうに酒飲んでた。
あの時はこれからも俺が帰省するたびに、いつものようにコタツで酒を飲んでる親父と、自衛隊の今、昔みたいな会話で
盛り上がっていけると思ってたんだ。


[ 2014/02/21 22:01 ] 父親 | CM(0)

懐かしくて胸が一杯になって泣いた。 5分ぐらい声出して泣いた。

768: 大人の名無しさん 2005/02/17 00:16:34 ID:D/ezUwEj

お袋が家出して、3年後。
消息がわかったので、そのアパートに踏み込んだ。
朝の9時頃だったけどまだお袋は寝てた。
俺が来るような予感はしてたみたいで、
開口一番「朝ご飯まだなんやろ、今ちゃっと作るから。」
って淡々とメシ作りはじめた。
ウインナー、卵焼き、味噌汁、ご飯がテーブルに置かれる。
最後に置いたのはサラダ菜とアルファルファのサラダ。
そう、ウチのお袋はサラダ菜を出すんだ。
キャベツやレタスじゃなくてサラダ菜。
懐かしくて胸が一杯になって泣いた。
5分ぐらい声出して泣いた。


[ 2014/02/21 16:01 ] 母親 | CM(0)

私はこれからずっとAさん一家の恨みを背負って行くことになるのだな。

760: 大人の名無しさん 2005/02/15 20:50:06 ID:2AkJlLvm

 小さな医院をやっている。うちはDQN患者が多いのだが常連のAさんは
とっても気持ちのいい人で、スタッフも来院を楽しみにしていた。Aさんは
自覚症状はないものの、放っておくとまずいちょっとした病気を抱えており、
ちょっとした手術のために近隣の大病院に紹介することになった。紹介状の
返事で思っていたのと違う、そこで最近取り入れたばかりの術式になったと
知ったときにちょっと嫌な予感がした。

 手術が終わり、Aさんは話すことも手足を動かすこともできなくなっていた。
医療事故だ。山歩きの好きな元気なおじさんだったのにベッドの上で目だけ
動かしている。紹介したのはうちだ。痛恨の思いだ。せめて力になりたいが、
紹介したうちのこともさぞ恨んでいるだろうと思うと何も積極的に手が出せない。
当人の気持ちを思えば私なんぞが辛いなどというのはおこがましいが、
それでも辛い。

 これから私がネットをしているときも、ゴルフをしているときも、酒を飲んで
いるときも旅行しているときも、Aさんは一生ベッドの上で身動きできない。
私はこれからずっとAさん一家の恨みを背負って行くことになるのだな。


[ 2014/02/20 22:01 ] | CM(0)

この年賀状が母にとって最後になると思ったからこそ出してくれたんだとわかりました。 本当にせつなかったです。

747: 大人の名無しさん 2005/02/13 23:32:32 ID:uczWqiCa

もう5年以上前の話
お袋が末期の食堂癌で入院した
食堂ってのは痛みを感じないらしく、気づいた時にはもう手遅れってケースが多いらしい
お袋も、まさにそれで医者には半年後の生存率が10%以下とか言われた
家族と話した結果、本人には告知しないで通すことになった
理由は本人の精神的もろさだったんだが....

入院してどのくらいたった頃だろうか、病室のTVからあるコーヒーのCMが流れてきた
BGMはウルフルズの「明日があるさ」だった
お袋は弱弱しく、その曲をくちずさんでいた
不覚にも涙がでた
慌てて廊下に出たが、声を殺すのが大変だったとこを思い出すよ


[ 2014/02/20 16:01 ] 母親 | CM(0)

あの牛はどんな思いで死んでいったんだろうと思うと、20年以上たった今 でも切なくなります。

716: 大人の名無しさん 2005/02/04 21:58:03 ID:ii/RW10P

動物ネタですが、大丈夫でしょうか。

私の実家は酪農家でした。常に80頭ぐらいの牛がいて、私は毎日父と母の
仕事ぶりを見て育ちました。
動物のいる生活はとても楽しく私は幸せでしたが、やはりそこは動物。
時折突然体調を崩して翌朝には冷たくなっている牛を見ることもしばしば
でした。

ある日、ある牛が転んで後足の付け根を骨折しました。
私が学校から帰ってくると、その牛は苦しそうに息を吐きながら必死に
耐えていました。
私はその牛に触ってみました。熱がありました。
バケツに水を汲んでタオルを骨折した患部に当てました。熱くなったらタオル
を取り替えて、それを繰り返しました。
夕飯をはさんでまた冷やしたけど、さすがに一晩冷やしてあげることはでき
ませんでした。


[ 2014/02/19 22:01 ] ペット・動物 | CM(0)

妹のタンスから最初に買ってやったブラジャーを見つけて、泣き崩れた。

712: 大人の名無しさん 2005/02/02 18:46:14 ID:jWN7gCbd

俺が小3の時、ガンを患っていた母が亡くなった。
それから父は、俺と当時2歳だった妹の世話をすることになった。
慣れない家事と仕事の両立に父は懸命だった。
当然遊び盛りだった俺も否応なく、家の事を手伝わせられた。
なぜ母を奪ったのかと、ずっと己の不幸を呪い、この世に神様はいないと天を恨んだ。

やがて幼かった妹にも手がかからなくなり、俺は高校へ進んだ。
学費はバイトを始めることで何とかなった。

ところが妹も小学校の高学年に進み、胸が膨らみ始めた。
これまで恥を忍んで妹の下着を買って来た父も、ブラジャーなど買った
ことがあるはずもなく、途方にくれていた。
そんな時、俺にバイト先で知り合った彼女ができた。
事情を話すと、彼女は妹と一緒に下着を買いに行ったり、生理用品の事など
なにかと妹の面倒を見てくれた。

当初戸惑っていた妹も、やがて彼女を実の姉のように慕うようになった。
彼女が遊びに来て4人で食事をしていた時、母が死んで以来やめていた酒を
父が久しぶりに飲んで酔っていたのをはっきり憶えている。
俺は亡くなった母が彼女と俺を引き合わせてくれたのかと、神様に深く感謝した。

母がいないことをのぞいて、やっと普通の家庭とはこんなものなのかと思える日々が訪れた。
そして社会人となった俺は彼女と結婚した。父と妹も、もちろん祝福してくれた。
父は定年退職したが、子会社のちょっとした役職で再雇用して貰えたと嬉しそうに話していた。

そんなある日、高校生になっていた妹が突然交通事故で死んだ。
葬式の数日後、父は会社に辞表を出し、俺は悲しみで何をする気力もなかった。
妻は父と俺のそんな気持ちを察してか、妹の遺品を全て処分しようとして
妹のタンスから最初に買ってやったブラジャーを見つけて、泣き崩れた。

あの日から、俺は神も仏も信じられなくなった。


[ 2014/02/19 16:01 ] 兄妹 | CM(0)

最近の少年犯罪のニュースを見るにつけ、どうして私も兄を殺さなかったのかと考える。

703: 大人の名無しさん 2005/02/02 03:18:03 ID:cnyRbOHj

十代の頃、実兄に身体・精神・性的暴力を受けた。
祖母は知っていて放置し、父も母も助けてくれなかった。


両親は夫婦仲が悪かった。
何でもズケズケ言う気の強い母が、婿養子の大人しい父をやりこめる。
父は普段は我慢しているけど、時々けんかになる。
また、憂さ晴らしで酒を飲んで、それでまた母とトラブルになる。
私は母に父の愚痴、父には母の愚痴を聞かされて育った。
「離婚したらどっちの子になろう」「お父さんの方に行ったら、苗字が変わる。どこに住むんだろう」って考えた。
何でこの二人は結婚したのかと疑問にも思った。
母は一緒に遊んでくれたこともあったが、十分じゃなかった。
小学校時代、学期末の懇談会(先生が保護者に成績を渡して懇談するやつ)の日だけは母が昼から家にいる。
それが嬉しくて、一緒にいたくてわざと居残ったりした。
勉強を頑張ると母と祖母が褒めてくれるのが嬉しくて、頑張って勉強した。
わがままを言って困らせることはしちゃいけないと思い、家族への要望や買って欲しい物があっても言えなかった。
買ってほしいと言ったのは、高校時代の通学定期くらいではなかっただろうか。


[ 2014/02/18 22:01 ] 兄妹 | CM(0)

ある日彼女は失踪した

687: 大人の名無しさん 2005/01/28 21:31:14 ID:WSnNOhWs

>>677
。・゚・(ノД`)・゚・。

読んでたら、自分の事話したくなってきた
書いていい?


694: 687 2005/01/29 02:44:57 ID:fiw2yBFJ

>>692
>>693

遅くなってごめん
つまらん話かもしらんが...


695: 687 2005/01/29 02:45:44 ID:fiw2yBFJ

まず、俺の婚約に泣いて喜んでくれた友に感謝したい

11年も前になるが、俺には婚約者がいた
彼女は両親と姉を交通事故で亡くし、自身も聴覚と右腕に障害を負っていた
そんな境遇のせいか、俺と付き合っていた頃は暗くて泣いてばかりの記憶しかない
(彼女の同級生に昔の話を聞くと、明るい感じのイメージが残っているらしいが)

俺は当時、仕事がかなり忙しく、式の日取りとか決めなきゃなーと思いつつも
なかなか会えない日々が続いていた
たまにしか会えなかったが、会う度に嬉しそうな顔をする彼女が本当に愛しかった..

ある日彼女は失踪した


[ 2014/02/18 16:01 ] 恋愛 | CM(0)

それをキッカケにして、父は私の看護を受け入れてくれるようになった・・・

677: 大人の名無しさん 2005/01/28 15:20:46 ID:MrKY6rPh

先日、父親が他界した・・・。
末期の肺癌と告知を受けて二年と1ヶ月、正直、今までよくもったほうだと思う。
普段からココを覗いてるせいか、気持ちが落ち着いてきた今、誰かに話したくて仕方ない
かなり長くなると思うけど、ここに書かせてください。

父が癌だと知ったのは平成14年12月
普段から病院嫌いだった父だけど、父の首に出来てたシコリが気になってしょうがない母が、
何とか説得して検査を受けさせたことで判明。
母と姉二人、代わる代わる話しかけてきていたが、携帯越しに聞こえてくる声は涙混じりで錯乱状態・・・
父の病状を聞き終えるのに30分はかかっただろうか?
担当医が息子さんと話をしたいと言ってるらしく、急遽、私が帰省することになった。

ただ、父にはまだ癌の告知をしたくないという母の願いから、
帰省理由は「出張のついでに寄った」ということにしておいた。
私の仕事は自衛官で、沖縄に転勤してきて六年目。
正月にしか帰省しない親不孝息子が、突然帰ってきたら父親が驚くから、と考えだした苦しい言い訳だった。


[ 2014/02/17 22:01 ] 父親 | CM(0)

母は悲しそうな顔をしていた。 あの時と同じように・・・。

672: 大人の名無しさん 2005/01/28 04:38:12 ID:/gW0ONfQ

兄貴がまだ独身で、義姉がまだ彼女だった頃。

彼女が家にやって来て、兄貴の部屋に入ってしばらくお喋りした後に出かけていく。
歩いていく二人をそっと見送る俺。

彼女が腕を組もうとするのだが、兄貴は恥ずかしいのかそれを振り払う。
二人は駅の方向へ歩いていった。

ちょうどそこには母もいた。
俺「兄貴ももったいないことするよな」
母「どうしたの?」
俺「彼女が腕を組もうとしてるのにそれを振り払ってんの。
  もったいない事するよな、まったく。
  そんなの一生できない奴がここにいるのにさ」
母は寂しそうな顔をしていた。

そんな兄夫婦も今は子供がいる。
結局、俺は兄貴に子供が産まれた年齢を5年過ぎても未だに彼女いない歴=年齢。
おまけに真性童貞。

クリスマスと正月に甥っ子をトイザらスに連れていってデカレンジャーの
変身セットや人形、ロボット、仮面ライダー剣の武器の玩具を買ってやった。

母には「そんなにたくさん買いすぎだよ。大きくなったら忘れちゃうんだから」と
言われたが、俺は「いいんだよ。俺は自分の子供に玩具買ってやることなんて
死ぬまで永遠にないんだから」と言い返した。
母は悲しそうな顔をしていた。
あの時と同じように・・・。


[ 2014/02/17 16:01 ] 母親 | CM(0)

唯一、世の中で平等な事…

667: 大人の名無しさん 2005/01/25 01:57:03 ID:bl7RxfO8

この間、両親がウチ来た
父親の白髪が増えてた。母親のシワも増えていた。
本人はまだまだ元気のつもりなんだろうけど…

結婚して、遠くに来たことを後悔した
別れてから、自宅に帰るまで涙が止まらなかった

親孝行したいけど、どうしていいか、わかんない
いくらプレゼントあげても、親にもらった恩は返せないよ
子供の頃、親はずっといるって信じてたけど
今は親の死をひしひしと感じる。いずれ死んでしまうと分かってるけど

そんな事を思うと泣けて仕方ない


[ 2014/02/16 22:01 ] 母親 | CM(0)

親父が完全にボケた。 ボケちゃうってある意味、死別よりもつらい部分がある。

664: 大人の名無しさん 2005/01/23 10:45:43 ID:qoNfHR5i

親父が完全にボケた。
今までは正気とボケを行ったり来たりしていたが、もうあっちの世界から戻って来れないみたい。

親父からよく電話がかかってくる。
親「○○(兄貴)はいますか?」
俺「何言ってるんだよ。俺、××だよ。××の家に電話してるんだよ。わかる?」
親「えぇ、××?誰ですか、それは?○○は帰ってませんか?」
俺「(絶句)」
親「○○と一緒に住んでる人ですか?○○が帰って来たら、電話するように言ってください(がちゃっ)」

親父の中で、俺の存在はかき消されてしまったらしい。
顔を見せても、俺を誰か認識できない。いつも「どなたさんですか?」とくる。
あっちの世界に行ってしまったのは仕方ない。
でも、俺のことは忘れないでくれ。俺の居場所も作ってくれよ。
ある意味、死に別れるよりも辛い。


[ 2014/02/16 16:01 ] 父親 | CM(0)

今から安楽死させるから、って知らせがありました。

659: 大人の名無しさん 2005/01/22 21:47:35 ID:P3itbjvc

聞いてくれないかおまいら・゚・(つД`)・゚・

飼っていた猫が寿命を迎えた、という知らせがありました。
東京に住んでて、実家で猫を飼ってるんですが、
妹からの電話があって…もう泣いていました。
突然すぎてまだ実感が沸きません。
今から安楽死させるから、って。
すげー泣いてて、20分ぐらい何も話せなかった。

10年間一緒に居た。
最初はお父さんが飲み屋街で拾ってきた。
全然なつかなくって、可愛げなくて
そこらじゅうで爪研いていろんな物ダメにしやがって。
そのくせ美味しいもの食べてるときは寄ってくるんだよなw
でもテーブルの上には絶対乗ったりしなかったね。
食べ物があるのはわかってて、すげぇ手とか伸ばしながら
誘惑と戦ってたよな。えらいぞ。
でも、美味いもの食べ過ぎたのかなぁ。
だんだんカリカリを食べなくなって、
鰹節をかけないと怒って引っかいてくるようになったよな。
ワガママいってんじゃねぇよ!って思ったぞw
そんなお前見て、少ないお小遣いの中から
美味しい猫の餌買ってきてよく食べさせたよな。
幸せそうな顔しやがって。


[ 2014/02/15 22:01 ] ペット・動物 | CM(0)

9歳の時、お父さんが車を使い排ガス自殺した。

650: 威月 ◆KqZQ//HYDE 2005/01/19 05:51:48 ID:l7flPOtp

9歳の時、お父さんが車を使い排ガス自殺した。
私はお父さんが遺書を書いていたところを見ていたのに、それと気付かず…

幼かった私はお父さんがうつ病だと知らずに、仕事を休んでいたのをズル休みだと言ったり、汚い言葉を吐いた。
でもお父さんは私を叱ることなく困ったように笑っていた。
「○○(名前)、お父さん体良くなったらステーキでもなんでも食べに連れていってやるぞ」
反抗期で機嫌が悪くなるとこう言って私の機嫌をなおしてくれた。

お母さんの作るレバニラ炒めが好きで、死ぬ少し前、夕飯の残りのレバニラ炒めを一人で泣きながら食べていた。
今思えば遺書といい、予兆はたくさん出ていたのに…
お父さん、ごめんね…私気付いてあげられなかった……。


今年6月、私はかなり年上の彼と結婚することになった。
お披露目もかねてお正月の挨拶に二人で実家に行った時、親戚のおばちゃんたちがくちぐちに
「利行(父)にそっくりな人だねぇ」
と。
…言われるまで気付かなかったよ…
思わずみんないるところで号泣してしまいました(´;ω;`)

お父さん、私あの人と幸せになるよ。
お父さんは私を絶対嫁に出さないって言ってたけどねf^_^;
でも、あの人は本当に私を大切にしてくれるから!
だからずっと見守っていて下さい…


[ 2014/02/15 16:01 ] 父親 | CM(0)

五体満足で生まれてきた自分がいかにわがままで生きてきたかと恥ずかしくもある。

646: 大人の名無しさん 2005/01/17 19:20:04 ID:UCiOQNcq

昨日、知り合いのお見舞いに大病院へ行った。案の定迷った。そこは小児病棟だった。
白血病だろうか?彼らは輝いてる目でオレをみて「何処行くの?」と聞く。
おじちゃんはお友達の所へ来たんだ!というと、「みなお友達だよ!」と
無邪気に答える。「僕ね、白血病っていう病気なの!」そういうと笑う。
なんかわからない、涙がポロリと出てしまった。
そう思うと五体満足で生まれてきた自分がいかにわがままで生きてきたかと恥ずかしくもある。
涙こらえながら二時間も遊んでしまった。無邪気な彼らに幸あれ。
知り合いの所につく頃には目が腫れてまえがみえんかった。


[ 2014/02/14 22:01 ] | CM(0)

母や親戚から“父親は極悪人”とされて育った。

641: 大人の名無しさん 2005/01/17 02:13:17 ID:tP3JHHmk

今日娘に会った。3年前に離婚した女房に引き取られてから2,3ヶ月に
一度しか会えない。今年になってからは初めてだった。
娘は俺が準備したプレゼントを眺めながら「今日早く帰ってもいい?」と
聞いてきた。

どうやら俺は悪い奴だからあまり一緒にいるのは良くないと女房が
言ってるらしい。「パパも心配するし」と女房の再婚相手も何か
吹き込んでいるらしい。

俺の人生は何だったんだろうと思う。

生活のために必死に働き、でもどんなに眠くても毎日家族の時間を設けてきた
つもりだった。その挙句が浮気され娘にとって危険な人間とされている。
「100%自分が悪い」と俺に言った台詞はなんだったのだろう。

俺なりに人の痛みを分る人間になって欲しいと躾けたつもりだが、
娘はすっかり忘れているようだ。裕福ではない同級生の悪口を言う娘をみて
気分が悪くなった。

娘には俺のために会ってもらう必要はないと伝えた。
もう奴らの事は忘れようと思う。何もかも馬鹿馬鹿しくなった。
自嘲するしかなさそうだ。


[ 2014/02/14 16:01 ] 父親 | CM(0)


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