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私も親に殺されかけました。 「本気で殺す気だったのか?」と聞く前に親は他界しました。

188: 大人の名無しさん 2004/10/27 11:02:37 ID:XK+Bpb49

私も経験から。
自分語りになってしまうけどごめんなさい。

私も親に殺されかけました。
「本気で殺す気だったのか?」と聞く前に親は他界しました。
心の葛藤ともう十数年付き合ってます。
親を愛しています。
許しました。
でも、受け入れることは出来ません。
最近はそれでいいんだとやっと思えるようになりました。
わたしがすることは子供に同じ思いをさせないことだと。

心の葛藤とは一生付き合っていかなければならないと思います。
あなたがお母さんにやさしく出来ないのは当然のことだと思います。
でも見捨てられないのもお母さんだから。
それをあなたが認めてしまったら気持ちが少し楽と思いますよ。
でも、やっぱり時間が一番の薬なのかな。


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[ 2014/01/31 22:01 ] 母親 | CM(1)

親父は3つの時に自殺で死んだ。小学5年生の頃、母親に殺されかけた。

176: 大人の名無しさん 2004/10/26 00:54:10 ID:uVt53eq8

ここを見てると心洗われるが、自分にとっては複雑な思い。

親父は3つの時に自殺で死んだ。顔も知らん。
小学5年生の頃、母親に殺されかけた。
ガスで一家心中未遂。夜中に気づいたおかげで俺は助かったが、
一体何が起きたのかわからなかった。
下着姿で、どこにあったのか、親父のネクタイを首に巻きつけ、
呻いている母親の頬を必死になって叩いた。
毛布にくるまれて救急車に乗せられる姿をいまでも覚えている。
姉貴は号泣していたが、俺は耐えていた。

母親はそれで脳をやられ、精神分裂病となった。

最初の入院から半年くらい経って会いに行ったら、
もはや別人だった。女手一つで生活をやりくりしていた母親の姿は、
陰も形もなかった。
その時初めて、鳥肌が立って、涙がこみあげてきた。でも必死に耐えた。

続けてもいい?


[ 2014/01/31 16:01 ] 母親 | CM(0)

私の伯父は医者だが、つねづね「死ぬ時は癌で死にたい」と言っている。

149: 大人の名無しさん 2004/10/17 01:40:05 ID:Pt9XC+tsa

私の伯父は医者だが、つねづね「死ぬ時は癌で死にたい」と言っている。
何故かというと「癌は、余命がわかる病気だから、時分で死ぬ準備ができるから。
癌だとわかったら、何もかも休んで妻と四国巡礼のたびに行きたい」と。
うまく言えないが、神様からのプレゼントだから、と。
私は祖母を癌で亡くしたが、告知しなかったので最後まで嘘をつきとおした。
亡くなったときは「嘘ついててごめんね」としか言えなかった。
心安らかにとは言わない。思い切り、納得いくまであがいて欲しい。
格好悪くても、大人気なくてもいい。自分が納得するまで生き抜いて欲しい。
まとまらなくて、しかも勝手な思いたれながしでごめん。


[ 2014/01/30 22:01 ] | CM(0)

体のあちこちが痛いと思って病院に行ったら、色んな検査をされて余命宣告を受けました。

150: 大人の名無しさん 2004/10/17 03:10:00 ID:pT7m0yZ/

体のあちこちが痛いと思って病院に行ったら、色んな検査をされて余命宣告を受けました。
残り半年だそうです。悲しむ家族がいないのが幸いです。
天涯孤独で施設で育ち、大学を出て、人並みに就職・結婚しました。
子供には恵まれませんでしたが、幸せでした。
妻は9年前の震災で亡くなりました。友人も震災や病気、事故、自殺等で多くが鬼籍に入っています。
彼らに会えるのが楽しみです。宣告を受けた時、彼らの顔を思い浮かべて嬉し涙が出ました。
先生に「余命宣告をして嬉し涙を流す人は初めて見た」と言われました。
延命治療は一切拒否し、天命に任せるつもりでいます。
私だけが泣ける話ですが、御容赦ください。


[ 2014/01/30 16:01 ] | CM(0)

「先生ね、あの時が恐らく最後のレッスンになりますって、連絡もらってたの」

130: 大人の名無しさん 2004/10/15 19:29:54 ID:lMdNLr62

小学校に上がるちょい前くらいから近所、といってもお向かいの家の個人のピアノ教室に通ってた。
先生はその家の奥さん。声の感じはアルトだったかな?中年、と言われる女性の中では細くて綺麗な人だった。
ピアノ教室っていってもスタジオがあったりとかそういうのじゃなくって、ホントに個人の家のリビングにおっきなグランドピアノが置いてあって。
うちにも練習用のピアノを両親が買ってくれたけどグランドピアノじゃなくってちょっとガッカリしたな、あの頃はw
年に1回、他の教室と合同で発表会やって、クリスマス会もやったな。
発表会用に個人演奏用の曲練習して、クリスマス会用にも練習して。
徐々にレベルアップしていって、小学校卒業の頃についに教則本が「ソナチネ」になった。
結構昔の記憶だから曖昧なんだけど・・・その教則本に上がれるのはホントになんか、その教室では上級の仲間入り、みたいな
感じですごく当時は嬉しかった。
発表会の選曲なんかも、いつもなら教則本の中から一曲とか、先生自身が生徒のレベルに合わせた選曲をしていたんだけど、
その頃になるともう自分で曲を選んでよくなったんだ。
ドキドキしながら楽器屋に行って楽譜を買いにいったんだけど、その時の選曲が昔から憧れてたシューベルトの「軍隊行進曲」。
音楽にあまり興味のない人でも多分一度は聞いた事のある曲だと思う。
少ない小遣いの中から楽譜を手にとって早速練習を!って思ってた矢先、突然先生の方から「しばらく練習はお休み」って連絡がきた。
近所だからね、なんで練習がお休みになったかすぐ解った。
どうやら先生、体を壊して入院ということになったらしい。
この頃はそのくらいしか情報が無かったので、多分すぐに練習再開だろうな、って思って自分なりに一生懸命軍隊行進曲を練習してた。
でもね、やっぱ難しいんだよね、教えてくれる人が居ないと。
テープとか聞きながら練習してたんだけどやっぱムリ。先生早く教えてよ~って思い続けて1ヶ月。
ようやく先生が復帰して「来週から練習またやるよ!」なんて明るい声で電話をしてきてくれた。


[ 2014/01/29 22:01 ] | CM(0)

先週癌を宣告された 息子が二十歳になったら一緒に飲むのが夢だったが無理そうだ

97: 大人の名無しさん 2004/10/14 14:55:50 ID:/6kn06P1

先週癌を宣告された 息子が二十歳になったら一緒に飲むのが夢だったが無理そうだ
みんな悲しむ側の投稿だが 私の場合は悲しませる側の投稿のようだ
早く死んだ親父もこんな気分だったのだろうか、
死ぬのは怖くない、財産は嫁が一生フツーに生活できるくらいは残せる、だけど嫁さんや子供に会えなくなるのが怖い・・
子供達は私のことを忘れないだろうか・・・
嫁さんに病気の事をいつ話したらいいだろう・・・
私はいい夫だったのだろうか、いい父親だっただろうか・・・
イヤだけど嫁には再婚でもして寂しい思いをしないで欲しい・・・
嫁が悪いやつにひっかかっても大丈夫なように、嫁には内緒で人格者である義理父に多少財産を預けよう
嫁さん、子供達、お前ら愛してるぞ
フライングだが週末、上の子と呑みにいこう、極薄のサワーでもいいから無理やり付き合わせようw


[ 2014/01/29 16:01 ] | CM(0)

子供達には「この木はママのお母さんの木なんだよ」と話しかけています。

86: 大人の名無しさん 2004/10/09 23:39:39 ID:2T/olz82

16歳の頃、ある朝バイトへ行こうとすると母さんに呼び止められた。
バイクのローンの支払いの事で喧嘩になって気まずいまま出掛けた。
ずっと気になっていてバイト先から電話して一応謝った。
それでもなんだか引っかかる物が残っていたので休憩時間に家に帰ろうと思っていた。
ところが悪友のお母さんから電話があり、「うちの子が帰ってこないので心当たりはないか」とのこと。
休憩時間は3時間あったので心当たりを探してやっと見つけて家に連絡するように言った。
休憩時間はまだ2時間あった。
バイクで飛ばせば何とか帰れる距離だった。
何となく気になりながらも中途半端な時間なので近くの海で時間をつぶしてバイト先に帰った。
制服に着替えていると店長が血相を変えて怒鳴っている。
「直ぐ帰れ!!お母さんが交通事故にあったぞ!!」
いつも冗談ばかり言って人をからかってばかりの人だったので最初は信じなかったが、あまりの剣幕に取り敢えずバイクを言われた病院にかっ飛ばした。
ベットの上では眠ったような母さんが横たわっていた。
この病院ではこれ以上処置が出来ないので大学病院へ搬送する事になった。
お母さんは、搬送途中亡くなった。

続く


[ 2014/01/28 22:01 ] 母親 | CM(0)

うちの旦那、いつでも「なんだかなあ」って言って笑う、それはもう変な人だった。

78: 大人の名無しさん 2004/10/07 18:45:43 ID:dHJwh4va

うちの旦那、いつでも「なんだかなあ」って言って笑う、それはもう変な人だった。
通算、約1万回。まあ、一緒にいる時だけを数えたんだけど。
それくらいは言ってたね。
私は突っ走る性格だから、「なんだかなあ」って言われるとむかついて、文句を
いつも言う。それで、いつの間にか冷静になってる。夫婦ってよりコンビだったね。
だから、信頼してた。いつだって「大丈夫」って印が、その言葉だよねっていう
感じ。
仕事場で倒れた時も、私が駆けつけたら「なんだかなあ」だった。だから、私は
大丈夫だと思った。
余命半年で、一か八かの手術を受ければ助かるかも、って言われた時も、
「なんだかなあ」
これは、さすがに掴みかかりそうになって、看護士さんに取り押さえられるわ主
治医に注意されるわ、騒動になった。
でも、成功。起きたときは、珍しくありがとうなんて言って、後でなんだかなあを
付け加えるありさま。

成功したのに旦那の身体、弱っていった。なんだかなあって、また言っていた。
主治医の雰囲気から見たって、もうダメ。それでも言う。
だから、私は落ち着いていた。
最後に話した日の会話、今でも殆ど全部覚えてる。
旦那はなんだかなあって言わなかった。「ちくしょう」って言ってた。
無理してたのかな。判ってて、最後に一回だけ弱音吐いたのかな。


[ 2014/01/28 16:01 ] 恋愛 | CM(1)

「一番かわいかった頃の写真だからね」それが私の見た唯一の課長の笑顔でした。

71: 大人の名無しさん 2004/10/06 20:55:44 ID:4utVLvO1

私の前の上司(課長)は無口、無表情。雑談には加わらず、お酒も飲まず、人付き合いをしない堅物でした。
誠実公平、どんな時でも冷静なので頼もしい上司なのですが、堅過ぎて近寄りにくい雰囲気がありました。
そんな課長の机の上には奥さん、子供四人と写った写真が飾られてて、
「あの朴念仁でも家族は愛してるんだな」と微笑ましく思ったものです。
何年経っても同じ写真が飾ってあったので、理由を聞いてみたら、
「一番かわいかった頃の写真だからね」と照れ笑いを浮かべながら答えてくださいました。
それが私の見た唯一の課長の笑顔でした。

そんな真面目一徹、入社以来無遅刻無欠勤の課長が三日続けて無断欠勤。
家に電話しても誰も出ず、親族の連絡先も分からなかったので、
部長が直接課長のマンションを訪ね、管理人さんにお願いしてドアを開けていただきました。
課長は玄関で倒れていて、既に冷たくなっていました。急性心不全だったそうです。
部長が管理人さんに課長の家族がいつ戻ってくるか聞くと、「○○さんには家族はいないですよ」という返事。
あわてて人事部の資料をほじくり返すと、確かに課長には家族がいません。
課長は10年前に中途入社した人なので、それ以前に家族に逃げられていて、
写真を見て幸せだった時代を懐かしんでいたんだと思い、少し悲しくなりました。
結局、課長の葬儀にも家族も親族も顔を出さず、血縁の人たちの冷たさにもっと悲しくなりました。

後日墓参りに行くと、立派なお墓が立っていました。死んでやっと家族と和解できて、
立派なお墓を立ててもらえたのかと安心して墓石を見てみると、愕然としました。
お墓は古びていて、課長と同じ名字の名前が墓誌にいくつも彫ってありました。
課長以外は全員十数年前の同じ日に亡くなっていました。

家族を一度に亡くしてからの十数年の歳月を、彼はどんな気持ちで過ごしていたんでしょうか?
二度と会えない家族の写真をどんな思いで毎日眺めていたんでしょうか?
人を遠ざけ、自分のことを決して語らなかった課長の姿を思い出し、涙が止まりませんでした。


[ 2014/01/27 22:01 ] 死別 | CM(0)

ダンナとは結婚前から同棲していたので、独りになるのは本当に久々で、今更ながら号泣しました。

60: 大人の名無しさん 2004/10/05 04:42:24 ID:BDRAEjZi

すみません、30代にはもうちょっと届かないんですが書かせてください。
今日離婚しました。
3年間の結婚生活でした。非は私にありました。
結婚前から精神を病んで、それでも私を嫁にしてくれて、
でもとうとう支えきれなくなったようで、離婚を切り出されました。
3ヶ月死ぬほど悩んで、体重も15キロ減って、離婚届に判を
押しました。

離婚届を出す前日の夜、ダンナが実家に帰ってくれて、私は
2人で暮らしていた家に泊まりました。
もう、ここには独りなのだ、帰ってくる人は誰もいなくて、
私を見る人も、私が見ていた人もいなくなるのだと思ったら、
急に寂しくなって、いたたまれなくなって部屋を出ました。

夕食を食べにマクドナルドへ行って、向かい合う人がいないことに
また呆然とし、結局半分くらいしか食べられなくて、泣きながら
独りの家に帰ってきました。

ダンナとは結婚前から同棲していたので、独りになるのは本当に
久々で、今更ながら号泣しました。

長文スマソ。


[ 2014/01/27 16:01 ] 恋愛 | CM(0)

どんなに辛いだろう。あのボタンを押すのって。

47: 大人の名無しさん 2004/09/28 09:23:37 ID:Q8Nw8cRg

長文になります。ごめんなさい。

祖母が亡くなった時の話。
私の母は離婚して、私と弟と祖母祖父を一人で養っていた。
祖母は痴呆で介護が大変だったけど、
祖母の性格上、病院や介護施設は無理という判断で自宅介護していた。
私は仕事の関係もあって離れて一人暮らしをしていたが、
弟と、母と二人で面倒をみていた(そのときすでに祖父は他界してました)
仕事もしながら、大変だったと思う。
結構気の強い祖母だったので、ぼけても物は投げるわひっかくわ叩くわ…。
母も気が短いためヒステリーをおこしてた。
「おばあちゃん殺してお母さんも死にたい」って何度か言っていた。
でも本当に祖母を大事にしていた。
祖母が亡くなったら張り合いをなくして母がぼけてしまうんではないかと
伯母が心配するくらいに。

とうとう、亡くなってしまった時、意外にちゃんとしていて驚いた。が、
私と母と弟で専門葬祭場(?)で一晩泊まって線香の番(って何ていうの?)を
していた時。
母と寝酒を飲んで、三人で川の字になって床に着いたとたん母が
「おばあちゃん。わーん何で死んだの~わーん」
って大声で泣き出した。あんな子供みたいな泣き方をする母は初めて見た。
母は祖母の娘だったんだな、って当たり前のことなんだけど、思った。
かける言葉もなくって、弟と私で母の手を握って、
母が泣き疲れて眠るまで一緒に泣いていた。
次の日に「大丈夫?」って聞いたら、「酔ってて覚えてない」と言われ
弟と肩透かし食らったけど。


[ 2014/01/26 22:01 ] 死別 | CM(0)

「大分元気になった、ご飯も綺麗に食べれた。」本当は何も食べられていないらしい・・・

44: 大人の名無しさん 2004/09/25 02:49:35 ID:IWAaCTrm

家の祖父は昔からワガママでみんなに当たり散らしたり
暴力まがいなことをしたりして俺は大嫌いだった。ただ、孫である俺は
怒られるということはなかった。俺からあまり話はしないが、孫だから
やはり可愛いと思ってくれていたのだろう。そんな爺さんも歳をとり、呆け始めて
入退院を繰り返す日々だった。ただ、看護婦を怒鳴り散らし、トラブルを起こすのは日常茶飯事だった。
強がってはいても、体は弱っていき、食べ物も食べなくなり、点滴で暮らしだした。

俺もたまに病院に届け物を届けたりはするが、自主的に行きはしなかった。
ただ、届けたついでに会いに行くと嬉しいのか泣き出して「ありがとう」と言ったりした。
俺は爺さんが本当に嫌いではないのだろうが、家族が振り回されて倒れそうになっているのを
見たりしているからか素直になれない。好きだけど嫌いみたいな感じか。


[ 2014/01/26 16:01 ] 祖父母 | CM(0)

今さっき母から、自分に保険がかけられてることを知った。

39: 大人の名無しさん 2004/09/23 17:23:40 ID:wUnG5gRT

 今さっき母から、自分に保険がかけられてることを知った。20年後、家を
たてるときの頭金として使えるように、と言われた。家選びで少し失敗した母
は子供には少しでもいい家を、と子供3人全員その保険にいれてるらしい。そ
のためかはわからないが、前からパートとして働き出し、そのお金を自分のた
めにつかった形跡がない。最近咳き込みはじめて、病院にいけといったがなか
なかいってくれない。よくみると手も顔もしわがふえてきている。そんな母を
みていつの間にか涙がでてきた。

スレ違いかもしれない、スマソ


[ 2014/01/25 22:01 ] 母親 | CM(0)

俺のせいで母親が狂ってしまう・・・という恐怖と後悔も感じた。

36: ◆XmfVcbBLpc 2004/09/23 03:48:10 ID:gdBp8TNj

祖母は男児に恵まれなかったためか、俺が生まれてすぐに夫(つまり俺の祖父)を
事故で亡くした事もあって、俺を祖父の生まれ変わりと思ってか、
俺をすごく可愛がってくれた。しかし、お節介ばかりやいてくる祖母を
うざいと思って邪険にする俺だった。

その祖母が寝たきりになって痴呆も始まってきた。久々に会いに行って
俺を見ても、どこの人ね? と言う状態だった。それからしばらくたち、
初代の嗚咽スレが出来たころ、そのスレをROMしながら、祖母が元気
だったころ邪険にしたことを思い出して、涙していた。もうちょっと頻繁に
見舞いにいかなきゃなと思いつつも、なかなか動けなかった。

そして去年の冬、とびっきり寒い日に祖母の容態が急変したという報せが入った。
低体温症と肺炎の併発ということだった。そこからは昏睡状態が続いた。
俺と母親はそれからは毎日病院に見舞いにいくようになった。すぐ近くに
住んでいるのに、なんで低体温症なんかになるまで気付かなかったんだと
自分を責める母、俺も泣きたかった。

入院した祖母の容態も安定してきたある日、その日に限って毎日見舞いに
行っていたのに、その日に限って俺と母親は隣町の耳鼻科に出かけた(蓄膿持ちなのです)
そしてその日に限って携帯電話の電池が切れていた・・・医院に着くと、受付係から
祖母が亡くなったという伝言が家から届いたと聞いた。狼狽する母、
俺も頭の中が真っ白になった。


[ 2014/01/25 16:01 ] 祖父母 | CM(0)

80歳に近くなっても、55歳を過ぎてもやっぱり親娘なんだなと思った。

33: 大人の名無しさん 2004/09/22 16:34:28 ID:8azfCwUo

嗚咽って程のモノじゃないんですが。

今から20年以上前、母方の祖母がまだら呆けを見せ始めた頃、
祖母に遊びに来て貰っていた。一人で置いとくのが怖くなり始めた頃。

55歳を過ぎたおふくろが炬燵にあたり、老眼鏡越しに新聞を読みふける。
汚い話だがおふくろは新聞を読みながら鼻くそを穿るのが癖だった。
小学校の教師だったおふくろは子供達に止めさせる立場だったんだろうが。
その様子をじっと眺めていたおばあちゃんが
「ともちゃん、あんた、疲れてるから早く休みなさい。
 疲れてるときは、ぼーっと鼻くそ穿るのが癖なんだから。」

びっくりしたおふくろが赤くなって下を向いた。
80歳に近くなっても、55歳を過ぎてもやっぱり親娘なんだなと思った。

おばあちゃんが死んでからだいぶ経つけど、まだ思い出してじーんとする。
呆け始めたおふくろも、かみさん相手にオレの子供の頃から続く癖を伝授するんだろう。


[ 2014/01/24 22:01 ] 子供 | CM(0)

工事の初日に何年かぶりに再会して挨拶だけして 友達は出かけたんだけど、出かけた先はあの世で 帰ってきた時は棺おけで眠っていた。マンションからの飛び降り自殺

7: 大人の名無しさん 2004/09/20 19:24:04 ID:d9KAXkqf

旦那の同級生。
東京で働いていたけど精神を病んで、無理やり親元に戻されてしまったらしく、
私が立てた某掲示板の地元のトピに(友達の嫁がトピ主とは知らず)
色々悩みなどを書き込んでくれてた。

私と旦那は二人で設備屋をやってて、友達の家はお得意さん
ある日親御さんから改装工事を頼まれたので
「これをきっかけにゆっくり話して、力になりたいなあ」って旦那は思ってたらしい
で、工事の初日に何年かぶりに再会して挨拶だけして
友達は出かけたんだけど、出かけた先はあの世で
帰ってきた時は棺おけで眠っていた。マンションからの飛び降り自殺
親御さんに「密葬だから、工事も続けてね」と言われたけど
そんな訳にもいかず。

彼は進学校とは言え田舎の高校から国会関係に就職したけれど
(開校以来の快挙と言われた)
本当は大学に行きたくて、でも親御さんが学歴不要論者だったので
働きながら夜間大学に頑張って通っていたらしい。
30歳ごろ、彼女が出来たのだけど、高卒で就職→夜間大学の学歴が
彼女の親には気に入らなかったらしく、交際を反対されて失恋
元々ポシティブな人ではなかったので、一気に精神を病んでしまったらしい


[ 2014/01/24 16:01 ] 死別 | CM(0)

あの子と一緒に、主人への愛も逝ってしまった。

695: 大人の名無しさん 2005/10/25 16:47:29 ID:pXCLX1Y+

二回の流産の後、三回目は不育治療をして第一子を出産、
四回目の妊娠は不育治療をしてなくて
生んであげられないと分かってたけど
 
私のお腹に居る間だけ家族だから、別れる日まで精一杯よろこんで歓迎してあげた
 
だけど、妊娠が分かって一週間もしないうちの出血…。
急いで病院に駆け込んだけど
流産は確実だから入院しないで自宅で安静にって先生ときめた。
 
止まらない出血…。
 
私は一日でも長く
この子に生きてもらおうと安静にしてた。
 
寝てばかりの私の枕元に主人が立って
「自分の都合で寝てばかりいるな!家族の迷惑を考えろ!」怒鳴られて
 
お腹に激痛が走って、あの子は逝ってしまった。 
だった二週間だけの家族、私の赤ちゃん。
 
あの子と一緒に、主人への愛も逝ってしまった。 
ママはあれから二年間パパを愛そうと、頑張ってきたけど、
もうパパと暮らせないんだぁ。
 
ごめんね。


[ 2014/01/23 22:01 ] 子供 | CM(0)

生まれたばかりの子どもを病院に連れて行ったが、3キロの子どもでさえ抱けなくなってた。

669: 大人の名無しさん 2005/10/18 17:59:28 ID:OR8RVXwj

もうすぐ父が亡くなって1年経ちます。
わたしが子どもを生んだころに入院、末期の食道癌。
手術したけど、大動脈にも癌が浸潤してて、
半年持たないと言われて、本当に半年後に死んでしまった。

子どもを生んだばかりだったから、看病してあげられなかった。
でもそれはいい訳だと、父が亡くなってからわかった。
弱まっていく父から目をそむけたかっただけだと。
痛がってたり苦しんでたりする姿を見たくなかったんだ。

「○子(わたしの子ども)に会いたがってたよ」と母から聞いて、
生まれたばかりの子どもを、病院に連れて行くなんて!という非難も承知で
連れて行った。
とてもとても喜んでいたな。でももう3キロの子どもでさえ抱けなくなってた。


[ 2014/01/22 22:01 ] 父親 | CM(0)

妻が自殺未遂した。 助かってくれ!たのむ!

650: 大人の名無しさん 2005/10/17 17:28:04 ID:xgNtNXbh

妻が自殺未遂した。
助かってくれ!たのむ!


[ 2014/01/22 16:01 ] 死別 | CM(0)

自殺とは思いたくないけれど、私があんなことを言ったからなのかもしれません。

643: 大人の名無しさん 2005/10/13 16:25:18 ID:J+SH8AbL

長いです、すいません。
6ヶ月くらい前、私の大の親友が亡くなりました。死因は転落死。
自殺とは思いたくないけれど、私があんなことを言ったからなのかもしれません。
私の言った事は"高いところから落ちれば地面につく前に意識がなくなるよ、
だから痛くないらしいよ"といったとても馬鹿げた事でした。
彼がその言葉を信じたなら私は許される事が無いでしょう。
今でもそういったことを後悔する毎日を送っています。彼にもう一度会いたい、
だきしめたい、本当の気持ちを打ち明けたい、…すべて叶わぬ夢です。
だから私は今、彼に会いたい一心でリスカやODなどをしてしまっています。(スレ違い?)
でも、一度もうまくいったことはありません。
やはり、周りの人たちが言うように"彼の分まで生きる"
これしかないのでしょうか。彼がいない世界はとても空虚で私の心も
ぽっかり空いてしまっています。
自分が弱い事はしっかり認識しています。だからこそ彼に会いたいのに…

長文・乱文失礼致しました。


[ 2014/01/21 22:01 ] 恋愛 | CM(0)

妹が生まれ変わった時、別のもっと優しい女性の妹になればもっと幸せかもしれない。

633: 大人の名無しさん 2005/10/13 12:54:01 ID:CYqgP/lC

私には4歳下の妹がいます。

妹が生まれてから、母は妹にばかり構うようになった。
幼心に、私は「おかあさんを妹に取られた」と思い、いじわるばかりした。
ヨチヨチたどたどしく歩く妹を押して転ばせもした。

ある日、おもちゃで怪我をし、ちょびっと血を流す妹を見て、泣いた。
「(妹)ちゃんがかわいそう」って。
母は「かわいそうって思って泣くなら、なぜいつも妹にいじわるするの」
と私をほんの軽く叱った。
その日から、妹には優しくしようと思うも、やはりヤキモチは収まらなかった。

それから少し大きくなって、父にファミコンを買ってもらった。
妹も興味津々。
 妹「おねぇちゃん、見せてー」
 私「いや。部屋に入ってこないで。(家の中の)廊下で座って見て」
と。妹は私に逆らうことなく、廊下で座って見てた。
ゲームで私が失敗すると、楽しそうにキャッキャ笑う妹。
決してバカにして笑ったんじゃないのに、ドアを締めて見られなくした。


[ 2014/01/21 16:01 ] 兄妹 | CM(0)

突然、思った。 私も狂言自殺なんてやっみたかったなぁ。

630: 大人の名無しさん 2005/10/12 23:23:33 ID:xURh9bi/

テレビドラマ見てる。
ダラダラと他のことしながらだからストーリーも良く分からない。
気が付いたら、自己中な女が狂言入水自殺する所だった。
突然、思った。
私も狂言自殺なんてやっみたかったなぁ。
誰かが(って親に決まってるけど)半分狂言って思いながらも
死ぬほど心配して走り回ってくれる・・・なんてドラマにありがちな展開。
かなり厳しい子供時代で、一人で台所の包丁を見つめた覚えはハッキリとある
けれど、死んでも死に損なっても何にもないって知ってた気がする。
理想からはずれたら、存在すら否定されるって分かってたから
ヤンキーにもなれなかった。
積み木崩しっていいよね。
超不良化した娘をなんとか立ち直らせようとするんだよね、産まなかった事にしないで。
見知らぬ誰かが心配してくれて愛してくれるなんてドラマしか有り得ないし。

ごめんなさい。
良いお話続いていたのに最低で。
嗚咽って人の感動の涙を誘うようなお話なんでしょうが最低な話になっちゃった。
でも、私的にはボロボロ大泣きなんですが。
泣いても全然救われないのも分かっているけれど。
とりあえず。2歳の息子がいつか明らかに狂言と分かる家出をしたら
髪振り乱して泣きながら迎えに行こう・・・と決意しました。
それがどんなにくだらなそうな家出でも。
わんわん泣いて、止めよう。みっともなくても馬鹿馬鹿しくても、絶対に。


[ 2014/01/20 22:01 ] その他 | CM(0)

ダメ親父を全否定しない。 少しでもいいところがあったみたいだから、それは財産だ。

617: 大人の名無しさん 2005/10/09 21:50:52 ID:0q9No649

なあ、誰にも分かってもらいたくないけどさ。 オレが誰かも分かってもらいたくないんだ。
ただ、気にかけてくれてる人がいるかもなぁって思って。 うん、事後報告。
今年の春に、ちょろっと書き込んだんだけどさ。

今年の初め、親父が死んで、引き継いだ潰れかけの工場は幸いまだ生き残ってる。
自分がやってた会社を共同経営者に譲って、その流れでこの半年、無理やり営業した
でかい仕事が10以上あって、そのうちひとつ二つが決まりそうだよ。
でも、その間にリストラして社員を2/3に減らした。

引導渡した高齢社員、パート社員達には申し訳なく思ってる。 残った社員も、給料を
2割がたカットした。 それでようやく事業計画トントンだ。 正直、まだ若干マイナス。
みんな不満だらけだろうなあ。 でも社長になったオレに文句言わないので泣けてくる。
単月黒字はなんとか出せるようになったよ。 年末にボーナス出せるようがんばるよ。

今までなあなあでやってた工場で、財務管理始めた、毎朝朝礼始めた。 全体ミーティング
始めた、社内の業務改革始めた、PC導入して社外データの解析補助始めた、ギブアンド
テイクでワーキングネットワーク組み始めた、新規開拓も結果がじわじわ出てきた、余剰
スペースでのワークシェアリングを来月から始めることで転貸家賃収入も入ってくるぞ。


[ 2014/01/20 16:01 ] 父親 | CM(0)

もしあの日俺が家に帰ってたら 部屋で倒れた母さんを病院まで連れていけたのに…

615: 大人の名無しさん 2005/10/05 11:33:59 ID:WPjyUPiD

母さんの昔の日記見ちゃったんだよ
家計簿と一緒になってるやつでさ、もう大分昔のやつだった
俺、ガキの頃荒れててさ家に帰んない日の方が多かったんだよ
友達や女のとこに入り浸ってたからさ
そしたら、俺が家に帰ってない日って全部俺の事が書いてあんの
すげー心配してる感じなんだ
うちの家親父いなくてさ俺と母さんだけだったんだよ
そーいや、毎日母さん大量の料理作ってたんだよなぁとか思い出してさ
俺が帰ってくるの待ってたんだって思った

ごめんな母さん、もしあの日俺が家に帰ってたら
部屋で倒れた母さんを病院まで連れていけたのに…
今でもすげー後悔してる…
ほんとごめんなさい


[ 2014/01/19 22:01 ] 母親 | CM(0)

近いうちに30数年ぶりに母親と話をすることになると思う。

606: 大人の名無しさん 2005/10/04 14:29:54 ID:5NWHRQqV

自分語りすまん、なんか無性に書きたくなったんだ。
うざいと思ったらスルーしてくれorz

俺の両親は俺が3歳か4歳の頃に離婚してる、
俺はオヤジに連れられて大きくなった。
酒におぼれて平気で1週間くらい家に帰らなくなるオヤジだった。
そんな家庭だったので最終的には施設に入れられ、
施設を出た後しばらくは親父と住んだけどトラブル多発で家を飛び出し
すでに10年以上経った今オヤジとはもう連絡が取れなくなってる


[ 2014/01/19 16:01 ] 母親 | CM(0)

うちの犬がこんなに大きく育った理由、それはきっと・・・・・・

597: 大人の名無しさん 2005/09/30 00:04:44 ID:N2rPGj1W

うちには大きなコーギーがいる。とても立派なコーギーなのだ。
普通のは10キロ前後だが、うちのは15キロ近くある。

ある春のこと我が家にとって初めての犬がやってきた。
まだ子供でとても小さなかわいいコーギーだ。
ただ他のコーギーの子犬と比較すると体は小さく、食も細かった。
性格はやんちゃで、よく人の足にじゃれついてきた。
また髪の毛で遊ぶのが好きで、よくお袋の長髪はおもちゃになっていた。
ただ割りと寝ている時間の長い子だった。

散歩のときはとても困った。とにかく歩かないのだ。歩いてもすぐ止まってしまう。
強引に引っ張って連れていっていたが、まあ犬はこんなもんなのかなぐらいに考えていた。
動物病院の先生に相談すると、この子は自分がリーダーだと思っていますねと言われた。
ようするに、エサを食べないのも散歩で歩かないのもわがままだと。

その子がうちにきて三ヶ月ほど経ったころ、なんだか具合が悪いのかだんだん寝てる時間が
多くなりエサの食べなくなっていった。
きっと散歩で歩かないからこの子は腹が減らないんだ、と考えた俺とお袋はその子を
散歩に連れ出した。するとその日はなんだかよく歩いた。
でも翌日吐いてしまったので動物病院に連れて行くと、
病院で入院させましょう、という話になった。

その子を置いてうちに帰ってきて3時間ほどすると動物病院から電話がかかってきた。
電話に出たお袋は、話しているうちに号泣しだしてしまった。
どうやらただ事ではないことが俺にもすぐにわかった。
すぐに病院に来てくれということらしい。


[ 2014/01/18 22:01 ] ペット・動物 | CM(0)

ママだからとか、そんなこと関係ない。 人は泣きたい時に泣けるんだから。

593: 大人の名無しさん 2005/09/29 22:55:57 ID:HA9x+DVw

泣けなかった。
何が苦しかったのか、泣いて叫べばほんの少しでも
救われたかもしれないけれど、泣けなかった。
泣けなかった事という事は縋れる場所も、逃げ場もなかったんだと今頃気付いた。
逃げる場所があれば泣けたのかもしれないけど。
一人だったら逃げられたけど、子供産んじゃったから逃げて楽にはなれない。
泣けたらきっと違ったんだろうなぁ。
もっと早くにちゃんと苦しい子供時代の決着を付けられたんだろうな。
何を続けて書いて良いのか分からない。
このスレの他の人たちみたいにちゃんと言葉にもできない。
ずっとずっと泣きたかった事だけが分かった。
泣くのって受け止めてくれる誰かがいないとできないんだ。
泣きたいんだけれど泣き方も分からない。
苦しい。私はもうどこかおかしいのかな。
こんな匿名の場所できちんと事情も説明しないで
ただ泣き言を書き殴ってる私は最低だし、メチャクチャだし。
どうして今頃こんなに苦しくて泣きたいんだろう。


[ 2014/01/18 16:01 ] 母親 | CM(1)

見舞いに来てくれた友人に同情される度に怖くなった。 可哀想と言われる存在になった事に気づいたよ。

551: 大人の名無しさん 2005/09/26 00:45:22 ID:5lfpNJNB

嗚咽というか怖くてたまらないので
誰でもいいから聞いて欲しい話があるのだが、
書いてもいいかな。チラ裏といわれても仕方ないけど。


[ 2014/01/17 22:01 ] 事故 | CM(0)

突然悟った。あの傘はやっぱり助教授の傘だったんだ。

540: 大人の名無しさん 2005/09/25 13:48:08 ID:byMY8OC9

 帰ろうと思ったら雨が降っていて困ったので、傘立てで持ち主のいないっ
ぽい傘を物色していた。適当なのを手にしたその時、助教授が「あ、その傘
君のか」と声を掛けてきた。一瞬あせったが助教授は「じゃぁ、僕はこれに
しよう」と言いながら別の傘を持って帰っていった。

 大学の医局で修練医やってた時、一瞬焦った笑い話としてこんな話を
どこかのスレに書いた。この助教授は既に故人で短い会話しかしたことが
なかったけど、ダンディで素敵なおじ様だった。私とはなんとなく心通じる
ようなところがあり、辛いときなどほんの一言温かい言葉を掛けてくれたり
したのが支えになっていた。

 このスレを読んいて突然悟った。あの傘はやっぱり助教授の傘だったんだ。


[ 2014/01/17 16:01 ] 学校 | CM(1)

もういい大人になっている俺が未だに引きずっているトラウマ

530: 大人の名無しさん 2005/09/24 09:40:09 ID:SgeDWm3t

俺の母親はすごく虚栄心の強い人間だ。
しかし田舎育ちだし、家も貧乏だったので普通の男としか
結婚できなかった。
その男は大手企業に勤めているとのふれこみだったので
結婚したようだが、実はその会社の技能労務職(運転手)
だった。
のちのちまでずっとそのことにこだわっていた。
しかし経済的にはごく一般的な生活を送っていたようだ。

俺の母親はなんとか自分の虚栄心を満たせる対象をずっと
探していたようだ。
そこで目をつけたのが子供の教育。いわゆる教育ママという
やつだ。
絶えず周りと競争させ、有利になると優越感を得る。
馬主のようなイメージか。
そして目標は全国に名前がとどろいている有名私立中学に
合格させること。とにかく必死だった。


[ 2014/01/16 22:01 ] 母親 | CM(0)


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