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俺以外の3人がロビーで何やら雑談してたから、脅かそうと思ってそ~っと近づいていったら…

58: Mr.名無しさん 2004/04/09 17:14:00

大学の頃、俺達は4人でよくつるんでた。
ある日、俺がちょっと遅れて学校に行ったら
俺以外の3人がロビーで何やら雑談してた。
脅かそうと思ってそ~っと近づいていったら、
雑談の内容が耳に入ってきた。
「○○(俺の名前)の息って臭くね?」
「マジ最悪w」
「俺、アイツと喋るとき息止めてるしw」

その日はそのまま帰った。


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[ 2013/10/31 22:01 ] 友情 | CM(0)

「ああ、子供ってかわいいな。」「『お兄ちゃんと、卵温めようよ。』って誘ったらどうですか?」

39: Mr.名無しさん 2004/04/09 16:35:00

後輩(女)とオレが公園で暇をつぶしてる時に、
八歳位の女の子が一人で遊んでいて、オレが「ああ、子供ってかわいいな。」と思わずつぶやいてしまったら、
その女が、「『お兄ちゃんと、卵温めようよ。』って誘ったらどうですか?」と言って一緒に食べてたゆで卵(殻付)を渡してくれた。
とりあえず誘ってみたが逃げられたので、その後輩と二人で卵を温めて遊んだ。

以上。


[ 2013/10/30 22:01 ] 子供 | CM(0)

どーも俺の人生一事が万事こんな調子だからな…たまに泣きたくなるときがあるよ…

37: Mr.名無しさん 2004/04/09 16:23:00

この間地下鉄の階段で女の子が足を踏み外し落ちそうになったのを
支えようとしたんだけどこっちも手荷物が多かったものだから、バランスを崩して
転げ落ちた。荷物は散乱、あちこちに打ち身。で、女の子はと言うと、側にいたチョトカコイイ男に
抱きとめられていて無事だった。そいつは「有り難う御座います、有り難う御座います」と
何度も礼を言われ、俺には「あ、あの…大丈夫ですか?」だけだった…
まあ、別に礼を言われたくて助けようとしたんじゃないし、その子も無事だったからいいんだけどね。
どーも俺の人生一事が万事こんな調子だからな…たまに泣きたくなるときがあるよ…


[ 2013/10/30 16:01 ] 事故 | CM(0)

「いつ走るねんや。アホが」涙で言葉はそれしかでなかった。

18: Mr.名無しさん 2004/04/09 13:47:00

コピペな。

小4の時の1月15日連休最初の日だっけかな?
いつものメンバー5人で俺の住んでたマンションで遊んでいた。
あん時はミニ四駆を廊下で走らせてて騒いでは管理人さんによく怒られたもんだ。
俺は改造が下手でいつも遅かった。そん中の香具師が肉抜きしてやるから貸してや
といわれて俺はどうしても1番になりたかったから貸して改造をお願いした。
休み終わったら学校に持っていくわと言われてかなり楽しみにしてた。
その休み明けそれが1月17日震災の日だった。
俺は電球の傘にぶつかって額を切ったがなんとか無事だった。
避難した公園にいつもの奴らが集まってくる4人揃ったが後1人こない。
心配になって4人とうちの親父とでそいつの家の前に行ってみた。
光景は悲惨なものだった。1階部分が見る影もなく2階しかなかった。
そいつの姉貴が2階で寝てたらしくて無事に出てきたがワンワン泣いていた。
「お母さん、お父さん、〇〇、何してんのよ早くねてらんと早く出てきてや。」
俺たちもその前で立ち尽くすばかりで何もできずそれぞれ親戚の家や知り合いの
家に避難することになってしまった。
そして2月に入っての新聞。死亡者名の欄にあいつと、あいつの両親の名前が載っていた。
俺はそれを聞いて地元にいったん戻った。2月20日の合同慰霊祭。あいつと対面したのはその日だった。
スプレー塗装が剥げてるボロボロのミニ四とメモをやつの姉貴が渡してくれた。
メモには「ちょっとオマケでスプレーもしといたで。これでお前もいっちょまえになれるな
次走るとき楽しみにしてるで」



「いつ走るねんや。アホが」涙で言葉はそれしかでなかった。

あれから9年、色あせてもう動くことはないだろうミニ四
今も部屋の机の上に置いている。


[ 2013/10/30 00:01 ] 友情 | CM(0)

ずっと仲の悪かった兄が最近、急に話し掛けてくるようになった。

111: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2006/03/25 00:13:00 ID:PqDOvYBW0

ずっと仲の悪かった兄が最近、急に話し掛けてくるようになった。
先日酔っ払っていたので何気に理由を聞いたら母ちゃんに仲良くするように言われたらしい。
其の時に母ちゃんがこんな話をしたそうだ。

昔、親父が仕事がうまくいかずに酒飲んで暴れてた時があった。
ある晩についに我慢できなくなった母ちゃんは、真夜中に俺と兄貴を連れて家を逃げ出したらしい。
其の時に俺達兄弟にこんな質問をしていた。
「お母さんと御父さんはこれから別々の家に住むけどあんた達は母ちゃんと来てくれるかい?」
すると兄は迷わず「うん」と返事したらしい。俺も兄と一緒で「うん」と返事をしたのだが、其の後に
「でもお父さんが一人になったら可哀相だから一緒に連れて行こう」
と言ったらしい。俺は覚えてないけど・・・・・
それを聞いた母ちゃんは泣きながら家に戻ったんだと。

其の後に「普段はツンケンして悪い事しか言わんけど、本当は優しい子なんだよ。お前が他の家庭と同じように生活できたのは
あの子おかげだからもう少し仲良くしてやってもいいんじゃないかい?」
と言われたそうだ。

その話を聞いた兄は泣いてしまったらしい。それから俺に少し優しくしようと思ったんだと。
        


[ 2013/10/29 16:01 ] 兄妹 | CM(0)

受け取ってもらえるかわからないけど第2ボタン渡したんだよな、気持ちと一緒に

25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2006/03/24 23:27:27 ID:6cg+FXZF0

中学校の卒業式の日の事
クラスでも一際地味で友達も少ない暗い子から第2ボタンを欲しいって言われた
みんなの手前「悪い!他の子にあげなきゃだからダメなんだ」と断った
みんなにバカにされると思って。「お前あんなのがいいのか??」みたいなさ・・・
見た目は肌がすごく白くて髪は漆黒って表現があう感じ。おとなしいせいか
目立たなかったけど、でも結構キレイな子だったんだ
・・・で、俺が本当にボタンをもらってほしかったのはこの子だったんだよな
休み時間とか図書室でずっと一人で本読んでる地味な子だったけど
普段話することなんて全然なかったけど、俺にとってはすごく気になる子だった

運動オンチでなぁ・・・体育、バレーボールの時間にこの子がコケて怪我したときに
保健室に連れてった事があったんだ。そこで少しだけの時間ささいな話をした
それ以外では話なんてほんとにしたことなかったなぁ。

卒業式も終わって春休み
その子の家に電話して話したいことがある、渡したいものが、って伝えて学校に来てもらった
そこで受け取ってもらえるかわからないけど第2ボタン渡したんだよな、気持ちと一緒に

もう11年も前の話か。今じゃこの子が俺の嫁さんだwww


[ 2013/10/28 22:01 ] 恋愛 | CM(0)

弟は、ああやって父に会ってたのか と思うと、なぜか弟に申し訳なく切なくなる

43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2006/08/17 03:36:12 ID:Z2axUP2R0

372 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2005/12/09(金) 01:56:54 ID:uLd9bsnw
もう何年も前になる。
中学生の弟が鏡の前で一人で笑ってるのを見掛け、吹き出しかけた。
服や髪に気を遣いだし、彼女が出来たと喜んでた時期だった。
だから、今度は笑顔を作る練習でも始めたのか?と考えた。
9つ離れてるから弟が生まれる前から知っていて、あの赤ん坊が
大きくなったもんだと、兄貴面して見なかったことにしてやった。
その後もそういう姿を幾度か見掛けた。

どれだけ経ってか、弟と喋るうちにやっと理由が分かった。
前に法事で親戚が集まったときに、みんな口を揃えて
「○○(弟)は笑ったらお父さんにそっくり!」って言ってたんだよ。
俺から見ても、確かによく似てる。父が死んだのは弟がまだ幼い
ときで、弟は父の顔を憶えていない。父は写真を撮られるのが
苦手だったから、笑顔の写真が一枚もない。

弟は普段、誰かが父の話をしても、大して興味なさげにしてるだけだった。
だから、記憶に残ってなきゃこんなもんかと寂しく感じたこともあった。
でも、そんなわけないんだよな。弟は、ああやって父に会ってたのか
と思うと、なぜか弟に申し訳なく切なくなる。
あの時、からかわなくて良かった。


[ 2013/10/27 00:01 ] 兄妹 | CM(0)

電話の向こうで男が「俺だよ俺。」と言うのは…

24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2006/08/17 03:17:19 ID:DK/bfBs90

今日の午後なんだけど電話が掛かってきてさ、お婆ちゃんが電話に出たのね。
そしたら電話の向こうで男が「俺だよ俺。」って言うんだよ。
で、お婆ちゃんが「もしかしてヨシカズか?」って聞いたんだ。
そしたら「そうだよヨシカズだよ。」って相手が言うんだよ。
でもさ、ヨシカズおじさんってのは婆ちゃんの息子で俺の叔父なんだけど、一ヶ月くらい前に交通事故起こして亡くなってるんだよ・・・。
で、そのヨシカズおじさんが電話で泣きながら謝るんだよ。
「ごめん・・・俺、交通事故起こしちゃって・・・。」って
婆ちゃんも泣きながら
「そんなこと気にしなくていいから、ちゃんと成仏しろ」
って言ってそっと電話を切ったんだよ。

その後家族みんなで泣きながら話してさ・・・
ヨシカズおじさん気にしてたんだなぁとか
きっと成仏出来たよねとか話してたんだよ。
こういう不思議なことってあるんだなぁ


俺は泣いたね。


[ 2013/10/26 00:01 ] 子供 | CM(0)

『お前が悪い』って怒鳴られると思って、覚悟していたら、『大変だったな』なんて、 有り得ない言葉が返って来て…

216: 癒されたい名無しさん 2007/03/09 17:22:42 ID:5MOpLgXf

物心ついたころから、父と母は別居して
一緒に住んだ記憶もほとんど無い私の父は何年ぶりかに会ったって 
優しい言葉なんて掛けてくれたこともないような人だった。


いつも厳格な父を装って 
厳しい言葉に小さい時は心を痛めたことも多かった。

特に長女の私は母と父の間に挟まれて 
子供には感じたくない感情を受けてきた。

私が結婚した時もお祝いの言葉も無かったよね。
遠い国に嫁いで、相談も何も無しで勝手に離婚して行くところなくなって戻った私。
 
父には何も言っていなかった。
『お前が悪い』って怒鳴られると思って、覚悟していた。


『大変だったな』なんて、
有り得ない言葉が返って来て、


私は涙を止めるのに必死だったよ。今でもあの時のことは忘れられないな。


[ 2013/10/25 00:01 ] 父親 | CM(0)

最後に作ってくれた料理の味、すんげー美味しかった。 どんな高級なレストランより美味しいよ。 残り物で作ったのに。。。

211: 某ダンサー 2007/03/06 01:25:11 ID:AsY3jCR/

今から4年前僕の祖母が死んだ。高2の時だった。
祖母はパーキンソン病だった。リハビリも兼ねてデイケアセンターに通っていた。
死ぬ一週間前僕は祖母の家へ行った。デイケアセンターの話とか聞かせてくれて
必死にリハビリをして歩こうと頑張っていたみたいだった。
おやつにこんなちっちゃい鯛焼きしかでないとかこぼしてて、次遊びに行く時は
おいしい鯛焼き買ってって驚かせて喜ばせようと思ってたんだけど・・・
そう思ってた1週間後に祖母は死んだ。いつかダンスで頑張って大きい大会に出て婆ちゃんに
見せてやろうとも思ってた。それもできなかった。
婆ちゃんは楽に歩けるようになりたがっていた、爺ちゃんや俺とどっか行きたかったみたい。
それで必死にリハビリをしてて・・・逆にそれが裏目に出て・・・死んだ。
葬式の時、近所の人に俺が婆ちゃんに作ってあげた九九の表が自慢の宝物だったと聞かされた。
それは、俺が小学生の時婆ちゃんが爺ちゃんに九九もできないのかと罵られてた時
俺が婆ちゃんに作ったもの。ずっと大切に持ってたみたい。下手糞な字で書いてあるのに。
そんなのよりもっといい物買ってあげたかったな。
服とかアクセサリーとかさ。

今思い返しても悔やむことばっか。何もできなかったな。
最後に作ってくれた料理の味、すんげー美味しかった。
どんな高級なレストランより美味しいよ。
残り物で作ったのに。。。

この間、ダンスの大きい大会でベスト4になった。優勝すりゃ世界行けたけど・・・。
DVD発売されたけど、一番見せたかった婆ちゃんが居ない。
天国から見てくれてるのかな?
婆ちゃんが見やすい様に世界で一番高いとこ目指すから!
そしたら天国で自慢してよ、孫は世界一だって。


[ 2013/10/24 16:01 ] 祖父母 | CM(0)

神様 どうか、どうかお願いします 彼女を返して

199: 癒されたい名無しさん 2007/02/27 00:22:59 ID:XcLQ51PX

 ねぇ あなたが天に帰って、4ヵ月が過ぎましたね この前、お母さんから電話もらって、あなたに会いにやっと行けたね
 すまして笑っている大きな写真 
 真っ白な布に包まれた四角い箱 
 立ち上る線香の煙


 あなたの家に行くのは辛い。遠く離れた自分の家にいれば、あなたはまだ、入院しているだけなんだと、自分を騙す事もできるけどあなたの家に行き、布団のなくなったベッド、片付けられている衣類、などをみてしまうと自分を騙しきれなくなる。
 お母さんが、私に最初に渡したいと選んでくれていたものもあるけど、わたしは、あなたの眼鏡と時計を貰っちゃった
 肌に付けていたものが欲しくてね
 時計のガラスに傷がついてました
 痛む体を無理して動かしてついた傷かと思うとたまらなかったよ       
 私はどうしょう
決して、別れるはずがないと思っていたあなたに先に逝かれるなんて
 男とは別れても、あなたとはずっと、一緒にいられると思っていたのに
 
 どうしょう

 神様  この先、もう、誰も出会わなくていいですから、私の大事な親友を返してくれませんか?
 
 神様 どうか、どうかお願いします        彼女を返して


[ 2013/10/23 16:01 ] 友情 | CM(0)

お昼寝してたら、夢におじいちゃんが出てきた。しばらくしてから電話が。 おじいちゃんの心臓が止まった。

197: 癒されたい名無しさん 2007/02/26 23:02:07 ID:bR8bJIfo

私はおじいちゃんが、昔から無口ですごく怖かった。
家にもあまり遊びに行かなかった。
体も大きくて、威圧感しかなかった。

私も21歳。
男の子を産んだ。
私は子どもを宝物のように育てた。
おじいちゃんはそのころちょうど癌だということが親族にはわかっていた。
日に日にやつれていくおじいちゃん。
でも毎日うちに来て、細い体でひ孫を抱いて散歩してくれてた。

それから聞いたには、私は親戚で初めて生まれた女の子だったので、
おじいちゃんは今私の子どもにしてくれているよう毎日顔を見に来てくれていたらしい。
そのころには私の中でおじいちゃん=怖いというのは完璧なくなっていた。

子どもが2歳になるころ・・・おじいちゃんが入院した。
私は子どもをつれて病院にいった。
うちの子供は話すのが遅かったので、まだ上手に話しできなかった。

そして数ヶ月が過ぎ、転院をせまられた。
うちからとても遠い病院だった。
でも子どもをあわしに病院にいった。
じゃぁ・・・親の私もびっくりしたのだけど、いきなり子どもが
「おじいちゃん!」とはっきりいった。
おじいちゃんは涙ぐみながら飛び切りの笑顔だった。
「おじいちゃん!」子どもがもう一回言ったとき、
おじいちゃんは天使のように笑った。
私はあの時始めておじいちゃんの笑い顔をみた。

つづく


[ 2013/10/23 00:01 ] 祖父母 | CM(0)

私来年アメリカに行って手術する予定なんだけど、それまで生きてられるか分かんないだって。

189: 癒されたい名無しさん 2007/02/23 02:51:58 ID:SgLYYlwq

ねぇ・・・・?
助けて。

ゴメンナサイ。何でもない。


[ 2013/10/22 16:01 ] | CM(0)

いつ最後がいつ来るか分からないけど、最後が来る前に彼女から嫌われるようにがんばらないといけないのに・・・

185: 俺 ◆85DXY2.GA6 2007/02/18 01:34:30 ID:hEv3rHmF

なんで優しくするんだ・・・
なんで優しくするんだよ・・・
俺は何一つ君にしていないのに、逆にひどいことばかりしてるのに
なんで優しくするんだよ



俺には家族と言う家族はいなかった。親は先に他界してその保険で俺は一人暮らしをしていた。
そんな俺でも好きな人がいた、おそらく相手も俺の事が好きでどちらが告白するのかを待つだけだ。周りから見ればもう付き合っているように見えたかもしれない。ありふれた恋だった。だけど大切な恋だった。
いつ告白しようか、明日は何を食べようとか考えていた時・・・

俺は倒れた・・・
気を失えば楽だっただろう。だけど、俺は身体に走る苦痛で気を失う事を許されなかった。
痛みが治まり、おかしいと思い病院にいけば『末期ガン』だった・・・
俺には親がいないし、保護者もいない。だから、告知された・・・
最初はわけが分からなかった。ガン?そんな事言われてもわけが分からない。だけど、現実だった・・・
もう俺の命は短いらしいし、薬を飲んでも死ぬことは変わりがないらしい・・・
俺は入院して短い命でも少しでも長く生きようと思った・・・

でも、君の顔が思い浮かんだ・・・
きっと君は俺が死ぬと知れば悲しむよな。辛いよな。
俺の馬鹿な一存だけど・・・
君を悲しませないために俺を嫌いになってもらうことしか考えれなかった・・・

俺は入院せずに最後の瞬間まで普通の生活で生ることにした。
学校にも連絡があって、必死に頼んで最後のときまで普通にみんなと一緒にいることができることになった。
でも、俺はもう死んだも同然だった・・・
あれ以来俺は君に対して冷たくあたった。胸が張り裂けそうになるくらい辛かった。でも、君のほうがもっと辛いんだろうな。
時々身体が重くて休む時もあった。その時は先生に頼んで不良とつるんで素行が悪いことにしてもらった。
全ては君に嫌われるために・・・ 君に嫌って欲しくて嫌いになってもらうためにしたことなんだ・・・
でも、君は辛いのを顔に出さずに時々俺が登校するといつも校門前で俺を待っててくれたんだよな・・・
休み時間には話しかけて(でも、俺は無視して)、教科書とか忘れると見せようとしてくれて(俺は他の人から教科書を見せてもらって)、俺のために弁当を作ってきてくれて(俺は購買のパンを食べて)・・・
冷たくあたる俺になんで君は優しくするんだ・・・
なんで優しくするんだよ・・・
俺は何一つ君にしていないのに、逆にひどいことばかりしてるのに

それでも、今まで耐えてきたんだ・・・君の横顔を見て泣きたくなっても、優しくされて泣きたくなっても耐えてきたんだ。
でもさ、流石にバレンタインにチョコと一緒に告白なんかする奴いねぇよ・・・
今まで耐えてきたのに無理だよ・・・ 
君の前で泣きそうになった俺はチョコを受け取らずに走って家に逃げたんだ。
泣きたくなって苦しくて。でも、誰にも言えなくて
少しでも気分が楽になったらいいと考えたけど特に良い案もなくて・・・
今週は君に会うのが怖くて一度も学校に行ってない・・・


不甲斐ない俺ですいません。一人じゃ耐えれそうに無いから書き込みました。
どうしようか悩んでるんです。彼女は俺の事を嫌いになってくれないし・・・
冷たくしても笑っている彼女を見るのも辛いし・・・
いつ最後がいつ来るか分からないけど、最後が来る前に彼女から嫌われるようにがんばらないといけないのに・・・
書き込む事がもう無いかもしれないけど、誰かに伝えたかったんです。
すいません。そして、ごめんなさい。


[ 2013/10/22 00:01 ] 恋愛 | CM(0)

僕は自分の偽善者ぶりに殺意が沸いた。彼女のことを本当に忘れられないのならあらゆる手段で彼女を探すべきだった。

166: 名無しさん 2007/02/15 21:29:01 ID:JowXdCeb

僕ともういない彼女のこと誰かに知ってほしいので書きます

2週間ほど前、16歳の恋人が亡くなった。生まれつき弱かった彼女の心臓が止まった。
僕と彼女が出会ったのは小3のとき、髄膜炎でとある県病院に入院したときだった。
病気のせいで一時的に足が不自由になった僕は松葉杖での移動を余儀なくされていた。
最初の出会いは最悪だった。病院内の曲がり角でぶつかった。彼女は大丈夫だったけど、僕は倒れて後頭部を強打した。
気がつけばベッドの上にいた。周りを見ると、看護婦さんと彼女がいた。彼女は僕に向かって何度も謝った。僕は状況が分からず、キョトンとしていた。
看護婦さんが何があったのか説明してくれた。僕は気絶したのだった。納得した僕は謝り続けている彼女に戸惑いながら、いいよいいよ、と許した。それが始まりだった。
お互いの病室を知った僕らは毎日会うようになった。同い年ということもあり、小3らしく無邪気に遊んだ。
僕が退院するとき、手紙のやり取りを約束した。理由は思い出せないけど1ヶ月に一通というやり取りだった。
書くことは毎回似たようなものだった。僕は学校での出来事を書いて送った。彼女は入院生活でのちょっとした出来事を書いて送ってきた。
そんなやり取りは中1の11月まで続いた。いや、11月で終わった。
彼女からの手紙が11月から止まった。12月の半ばまで待ったが彼女からの手紙が来なくなった。不安になった僕はもう一枚手紙を書いた。返事は3日後に返ってきた。
送り主は彼女が入院していた病院だった。内容を見て、呆然とした。
彼女は別の病院に移ったのだった。しかも彼女は自分のことは一切誰にも言わないように言っていたのであなたには何も教えられない。ということだった。
彼女は僕のことを捨てたんだ・・・そう思って僕は彼女のことを忘れようとした。
中2になってからはすっかり彼女のことは断ち切ったと思っていた。そう思っていた矢先、僕は学年1かわいいと噂されていた女の子に告白された。
放課後、学級委員長の仕事で一人で教室に残っていた僕にその子は告白してきた。多分誰もがOKするような感じだった。
でも、僕はためらいつつもこう言っていた。「ごめん、俺には大切な人がいるから。」
彼女がどう思っていても僕は彼女のことを忘れられなかった。告白されても断ってばかりいた僕はいつの間にか中3の冬、受験にむけて励んでいた。
彼女からの手紙は一度も来なかった。
2月の始め、塾の帰りに交通事故に遭った。頭から出血していて、僕は救急指定のある大学病院に搬送された。
怪我はたいしたことなく、2日で退院できると医師は告げた。
事故の翌日、ふと彼女のことをこの病院の人に尋ねてみた。もちろんダメもとだった。
尋ねた看護婦の返答は素っ気なかった。
「○○さんなら入院してますよ。△△△号室に。」
偶然なのか、必然なのか、彼女はこの病院にいた。
僕はすぐにその病室に向かった。その病室のドアの名札には確かに彼女の名前があった。
深呼吸をして、ノックした。中から女の人の声がした。どうなってもかまわない。そう思っておもいっきりドアを開けた。


[ 2013/10/21 16:01 ] 恋愛 | CM(0)

19年生きてきましたが、こんなに人を好きになったのは初めてでした。

164: 癒されたい名無しさん 2007/02/14 22:18:10 ID:4YTSNirR

はじめまして。いつも読ませてもらってます。
突然ですが昨日、失恋をしました。

僕は19歳。去年、高校を卒業し中学時代の先輩が誘ってくれた社会人バスケをはじめました。

練習には女子の先輩も来ていて1人の先輩を好きになりました。


19年生きてきましたが、こんなに人を好きになったのは初めてで。

3歳年上の方でした。
少しでも話ができるようにと練習の時後ろに並んだりと、自分なりにアピールをしました。

少しは話すのですが、結局「彼氏いるんですか?」とか「良かったらメールアドレス教えてください!」なんて言葉は出ませんでした。


話は飛びますが、昨日友達が「Aさん婚約しかかってるらしいよ。」と教えてくれました。

ショックでしたよ。
テレビの音が聞えなくなり
空の色が分からない。全ての景色が真っ黒に見えました。


ダメでも構わないから伝えるだけの事は伝えようと決意を決めていたんです。

後悔は出来るだけ少なくしたかった。


ですが今は伝えたら伝えたでAさんもきっと迷惑だと思います。


好きな人には幸せになって欲しいと願います。
ですが他の人と幸せになるのは自分は悲しくて悔しいです。
何か言葉では言い表せない感情で。


昨日は荒れまくり、泣きまくり。

僕の中ではいつになっても苦い思い出になりそうです。

もう夢にも出てきて欲しくないと願います。
ですが出会わなければ良かった何て思いません。


僕にもこんな気持ちあったんだって分かったから。


どうしても誰かに聞いてもらいたくて投稿します。
板違いだと思いますが読んでくれた方感謝ですm(_ _)m
駄文、長文すみません。

ありがとうございました。


[ 2013/10/21 00:01 ] 恋愛 | CM(0)

俺からしたら、俺なんかには勿体無い程の良い両親に出会えたなぁって思います。

127: 癒されたい名無しさん 2007/01/28 19:08:21 ID:dhh+oNtO

先日の日記に自分はこう書いていた。
どうせ明日の朝にでもなれば元に戻ってはいるんでしょうけど、今は本当に何もかもがどうでもよくて、自分の生きている価値でさえ見えなくて
その日は色々とあってむしゃくしゃしてたから、そんな事を書いてたんだと思う。
でも、自分の生きている価値がないなんて事はないんだよね。
人は誰しもが誰かに期待を持たれながら生きているんだよね。
そんな事を書いてたら、今まで期待を持ってくれていた人たちみんなを裏切る事になるんだよね。
一番に期待をしてくれている人、それはこの世に俺を生み出してくれた両親だ。
今まで何回も何回も迷惑かけてきたよね。
小学校の時に窓ガラスを割った時も、近所のお店でお菓子を万引きした時も、間違って池に落ちた時も。
最初は怒って、終いには頭をなでてくれたよね。
小学4年生の時、夜になると居間でいっつも親父とお母さんが口論をしていた。
そんなある日、お母さんは一時実家に帰った時があった。
親父が朝の準備をしてくれてる最中に言った一言
『お母さんはこういうのを毎日してたんだな。』
高校3年生になった今でも、そう言った親父の顔は何処か寂しげだった事を覚えている。
今思えば、あれは俺に言ったわけじゃないんだよな。
それから2~3日してお母さんが帰ってきた。
お母さんが帰って来て言った。
『今日は美味しいもの作るからね』って
その日の晩飯は、俺の大好きな鶏の唐揚げだった。
また別の話なんだけど、俺のいつかの誕生日の時だった。
その日は親父が残業で帰って来るのがかなり遅くなるらしい。
兄貴も友達の家に泊まりに行ったらしい。
それまで誕生日はいつも祝ってもらってた俺は凄く悲しくて親父に電話した。
「なんで帰ってきてくれないの!」って
凄い泣きながら電話で話してて、途中で親父が何を言ってのかわからなかった。
俺も自分が何を言ってたかはもう忘れた。
でも、それでも覚えてる事がある。
そんな時でも、お母さんはケーキと鶏の唐揚げを作って祝ってくれた。
翌朝、俺が寝てるのを親父が起こした。
これから会社に出かけるみたいで背広を着てこう言ってくれた。
『誕生日おめでとう、昨日は本当にごめんね』


[ 2013/10/17 00:01 ] 母親 | CM(0)

妹が生まれ変わってくれないかなと思っていましたが…こんな意地悪な姉の子供には生まれたくないんでしょうね

121: 解約する名無し 2007/01/28 00:00:04 ID:uZYWHCo3

今月でネットを解約するので記念に2ちゃんに書き込みさせていただきます。

私には6歳年下の妹がいました。
母は再婚で父が違う兄が2人います
小さい頃は両親が夜の仕事だったので私たち二人はほとんど祖父母と一緒に過ごして
いました。

祖父母が他界した後も両親の夜の仕事は変わらず私たち4人は子供だけで
夜を過ごしていました。
すごく仲が良かったわけでもなくうっとうしく思ったりする事もあったのですが
仕方なく面倒をみていました
妹が保育園の時は母が朝起きれないので送り迎えは私の役目でした


[ 2013/10/16 22:01 ] 兄妹 | CM(0)

トイレの中で声を殺して泣いた。

118: 癒されたい名無しさん 2007/01/26 22:08:21 ID:C+twUR0q

私は去年の冬休みひいおばあちゃんがいる老人ホームへ行った。
もう96歳

昔は折り紙教えてくれたり、毎日のように遠くまで歩いて散歩に行った。
よく喋るひいばあちゃん。
口癖が「いつか動物園に行こうね^^」だった。
毎日その言葉聞いてたよwww

でも今年久しぶりにひいばあちゃんの顔見に行った。

髪は真っ白、まるで死んでいるように寝ていた。
もう1人で起き上がる事もできない。

たまに言葉を発するが何を言っているかわからない。
ボケが酷くてな。
ひ孫の私さえ分かっておらず「かわいいおじょうちゃんね」としか言わない。

あんなに「○○ちゃん」いってたじゃないか。
一緒に動物園に行くっていったじゃないか。

だからトイレの中で声を殺して泣いた。


[ 2013/10/16 12:01 ] 祖父母 | CM(0)

周りに人がたくさんいたが、あたしはそんな事関係ナシに、その場で大泣きしたのを今でも忘れない。

97: 泣ける話? 2007/01/24 11:03:05 ID:EEKDBIqJ

あたしは今25歳。ごく普通の家に生まれて、中学まで友達もいたし、部活だってがんばっていた。体を動かす事が好きだったから。
そしてあたしは高校に入った。最初の頃は楽しかった。他の中学から来た子たちとお昼を食べたり、授業も新鮮で。
友達だってたくさんいたと思う。
そして、高校でも部活がやりたかった私はボート部に入った。 
しかし、私が入った高校は工業高校で、女子がとにかく少なかった。その少ない女子の中、高校に入ってまで部活をやる女子なんて
あたしのほかにはいなかった。
ボート部は他のメジャーな部活に比べて遠征が多かった。そのため、学校にいる事もすくなくなり、気がついた頃にはあたしはクラスで浮いていた。


[ 2013/10/15 22:01 ] 友情 | CM(0)

後ろを振り返ると彼がぎこちなく笑って顔を赤らめて「マミ」と呼んでくれている気がする。

87: 癒されたい名無しさん 2007/01/14 20:51:20 ID:1Hloa84z

中学二年生になる数日前、私は告白された。 あまり話した事がない男の子からの告白だった。
私は少し気になっていたのでもちろんオッケーした。 春休みが終わる一日前に彼から電話があった。
「同じクラスになれるといいね」

期待に胸を膨らませて学校へ行った。 昇降口の前にみんなが集まっていた。
私の友達の一人が「彼氏と同じクラスだよ!」と叫んだ。 嬉しかった。


[ 2013/10/15 00:01 ] 恋愛 | CM(1)

今では兄といた時間は人生の半分ぐらいですが、私の心のなかではずっと一緒です。

83: 癒されたい名無しさん 2007/01/14 01:24:34 ID:vnpV2im/

これはわたしが実際に体験したことです。

私に1歳年上の兄がいました。とても優しく、また賢い子でした。
だから私も兄に甘えっぱなしで、ほんとに我侭な子でした。
当然、親の期待も兄にいっているのも小さいながら感じていました。
ある日兄の体に異変が起きました。
手足に青あざがたくさんあるのです。それもみな、軽くぶつけただけなのに。
心配になった両親はおおきな病院につれていきました。
そこで1週間ほど検査入院すると、兄の病名が分かりました。
白血病でした。
それから兄は一人、入院生活を続けていましたが1年間ぐらいたつとやっと退院することができました。
幸運にも移植せずに直ったかとおもったのですが、幸せは長くと続きませんでした。
再発してしまいました。
それからの生活はまえの入院していた時とははるかにちがいました。
兄が臍帯血移植をしたのです。
移植をするため、兄は隣の県の病院に転院になりました。
となりの県まで母は毎日通っていました。私も週一回お見舞いに行っていました。
無事に移植が成功し兄は地元の病院に戻ってきました。
外泊もできるぐらいまでに回復したのですが、肺炎を起こしてしまいました。
それから1週間後兄は短い人生を閉じました。
私が小学校4年生のときでした。

お葬式のとき、母からきいたのですがいつも兄は私のことばっかり聞いていたそうで
見舞いにいっても顔をみせなかったので兄は
『また僕のところにきてくれない・・・』
とつぶやいていたそうです。
思えばあの時、ずっと兄のそばにいてあげなかったのだろうと今でも思います。

今、私は兄の分まで両親の期待をしょっています。その期待を裏切らないように頑張ってます。
そして兄のようなに病んでいる人を救ってあげたいと思い、看護師になるために勉強しています。

今では兄といた時間は人生の半分ぐらいですが、私の心のなかではずっと一緒です。
ありがとう、お兄ちゃん。


[ 2013/10/14 22:01 ] 兄妹 | CM(0)

離婚の原因は母親のアルコール中毒とホスト遊びだった

81: 癒されたい名無しさん 2007/01/12 21:51:02 ID:Wj6ELl8E

昨日じいちゃんが死んだ

オレは親が離婚してから親権を持った親父と暮らしている
離婚の原因は母親のアルコール中毒とホスト遊びだった

親父はじいちゃんが死んだことを今日の朝にオレに伝えた、そしていつものように「早く学校行け」と軽い説教

親父は「めんどいなぁ」などと言いながら通夜へ行くため熊本へ行った、だがオレみたいなバカ息子にも分かっていた
その背中は明らかに震えていたし泣いていた

オレの前で男泣きしたくなかったんだろう、貧乏な家庭で生まれ、三兄弟の中で一番最初に上京しの次男の親父

なぜかオレ自身も泣いていた、色々なものが胸をうった

親父よゆっくりしておいでよ、いつも迷惑かけてごめん

オレは親父を尊敬してるよ


[ 2013/10/14 16:01 ] 父親 | CM(0)

3年も経ったらきっとおにぃちゃんのような立派な大人になってるから…その時は絶対に恩返しするから…だからその時まで待っていてね!!

41: みー 2006/12/10 19:09:00 ID:rjN51GKV

私の家族は母と父と3つ年上の兄と2つ年上の姉です
両親は私が生まれる前から小さなお店を開いていて、長年続いたお店も不況の波で今年の春に店をたたみました。それからというもの定年間近の父はやっと
の事で給料は安いけど自分にあっている会社に再就職し、機械関係の専門学校に行くのが夢だった兄は『じゃあ俺は妹達の学費分くらいは払ってやるよ』と言
って専門学校の夢をあきらめ地元の工場に就職しました。
前よりは多少貧乏になってしまったけど、最近では人の温かさが身にしみるようにわかります。特に自分の夢をあきらめてまでも私達妹の事を考えてくれてい
る兄には申し訳ない気持ちでいっぱいです。


おにぃちゃんありがとう。何回言っても言い足りないけど本当にありがとう。
3年も経ったらきっとおにぃちゃんのような立派な大人になってるから…その時は絶対に恩返しするから…だからその時まで待っていてね!!!。


[ 2013/10/11 16:01 ] 兄妹 | CM(0)

親父、これからゆっくりと家族の思い出つくろう。

31: 癒されたい名無しさん 2006/12/06 20:43:44 ID:qC1rN8YZ

うちは爺さんの時代からずっと八百屋をやってたんだ。
爺さんが出兵しても婆ちゃんが女手ひとつで親父たち兄弟と
店を切り盛りしていた。
大きくないけど、そんな八百屋を来週で閉店することになった。

親父は八百屋に誇りを持っていた。
朝から晩まで、盆も正月もなく働いていた親父。
俺が小さい頃、小学校に父親参観ってのがあって
みんなの親父さんが学校へやってくる。
そん時友達の親父はみんなスーツにネクタイ。
でもうちの親父はジャンパーにチノパンにスニーカ、
市場の店番をつけた野球帽を被ってやってきた。
恐らく配達の途中でやってきたのだろう。
俺は嫌で嫌で仕方なかった。
その夜俺は夕飯の時に泣いて怒った。
「父ちゃんはなんでそんな汚い格好で学校に来るんだよ!
みんなの父ちゃんはちゃんとネクタイ付けて革靴履いて
仕事の格好で来てるんだ!恥ずかしいだろ?
そんな格好で来るなよな!!」
そんな俺を母ちゃんはひどく叱って、泣いていた。
「お前、どこにでも行っておしまいよ!そんなに
八百屋の息子が嫌なら、どこぞのお大臣に育ててもらえばいいだろう!!」ってね。
でも親父はいつも黙ってビールを飲んでいた。


[ 2013/10/11 00:01 ] 父親 | CM(0)

小学校2年生の時、私は急いで給食を食べた後トイレに行って必ず吐いていた。

199: 大人になった名無しさん 2013/04/10 21:39:01

小学校2年生の時、私は急いで給食を食べた後トイレに行って必ず吐いて
いた。

なぜなら、当時の担任の先生が「おかわりはいくらでもいいけれど、給食を
減らしたり残したりすることは絶対に許さない。みんな決められた同じ量を
同じ給食時間内に全て食べきらなくてはいけない。」という指導方針で、
当時とても少食だった私はいつも先生にみんなの前で叱りつけられ、さらに
ほぼ毎日帰りの会で「今日、給食時間内に給食を食べきれませんでした。
そのせいで給食当番の人に待たせて迷惑をかけてしまいました。そして、
私と同じ掃除場所の人の負担も増やしてしまいました。ごめんなさい。」と
みんなの前に出て担任の先生に謝らさせられていたからである。さらには
「1日でもない4月生まれで、言わばほとんどの子より先輩のはずなのに、
どうしてあなたみんなと同じ量を食べるのに一番遅れを取るの!?」と
月齢のことまで取り出されてみんなの前で叱られていた。

クラスメイトに「朝ごはん食べずに来れば?」などと言われるのも
辛かった。


[ 2013/10/10 16:01 ] 学校 | CM(0)

親友だと思っていた奴がとんでもないほら吹き野郎でそいつにいいように言われて人間不信になった

196: 大人になった名無しさん 2013/02/07 01:15:01

兄貴が鬱になった。

親友だと思っていた奴がとんでもないほら吹き野郎でそいつにいいように言われて人間不信になったらしい。
オトンは酒飲んで暴れるし、オカンは親戚の顔色伺って兄貴につきっきり。
家に帰れば兄貴の奇声とオトンの罵声が飛び交っていた。
オカンはその二人の間をわたわたしていた。
うちは家に帰ったらすぐに自分の部屋入って携帯ばかり触っていた。
そのうち学校の代表で地区の陸上の選手に選ばれた。
いっぱい練習した。なんでかわからんけどすごい必死に練習した。
大会では自分よりでっかいこがいっぱいいた。でも絶対に負けたくなかった。
結果、優勝した。大会新記録。
その日は、久々にリビングにいった。
そこにはオカンと兄貴がいた。思わず胸に抱えていた賞状を背中に隠した。
オカン、いつのまにこんなにやつれたんだろ。
オカンが弱弱しく笑った。「どうしたの?」目をそらしてしまった。
「・・今日大会で・・・一番になった。」
オカンは少しぽかんとして「・・・そう、おめでとう」兄貴をちら見しながらいった。
うちは・・・うちは背中の賞状をギュッと握りしめて自分の部屋に駆け込んだ。
泣いていた。どうしようもないなんでかもわからない感情にただただ戸惑っていた。
一番を取ったのに全然うれしくなかった。
その日の夜兄貴が自殺しようとした。オカンは焦りながら泣きオトンは事情聴取かなんかされてた。
真夜中の病棟。静かに眠る兄貴を横目に見ながら「なんで死ななかったの」と考えてるうちがいた。
まるで自分がいないような感覚。兄貴が狂ってからもうずっと感じていた。
いつも帰ったら中心に兄貴がいて兄貴しか見ない両親がいる。
どうしたらこっちを向いてくれるの?うちのことも見てよ。
陸上を頑張ったのは一番取りたかったわけじゃない。
親にうちという存在を認めてほしかったから頑張れた。
でもそんな努力しても所詮無駄だと分かったとき、うちは期待することをあきらめた


[ 2013/10/10 00:01 ] 兄妹 | CM(0)

その女の子が柿を買ってった時は、ぼんやりと日本人で良かったなと思った

186: 大人になった名無しさん 2011/12/01 01:04:28

昔24時間営業のスーパーで働いてた。この時期はただえさえ寒いうえに店内冷房ですごく寒かったな。
それはさておき、その年は柿がすごくおいしかったんですよ。で、うちもたくさんカキを置いたわけ。入口の近くにね。
働いた経験ある人なら分かると思うが、斜めの棚に陳列してある果物は、よくお客さんに落とされちゃうことがある。
もちろん拾って棚に戻すんだけど、すぐ痛んできてしまって、誰にも選ばれず、結局買われないまま廃棄というのが定番パターン。
(店員がもらうのも限界がある)

そんな中、いつも夜遅くに来ていたカップルの行動が泣けた。
いつも男のほうが先にスーパーに来て、女の子が後から荷物(仕事がえり)を抱えてスーパーに入ってくる。
男のほうが料理がうまいみたいで、女の子が来るまで男はスーパーの中をぐるぐる回って色々考えて、
女の子が来るとうれしそうに駆け寄って、その日の献立の予定を話すのがいつものパターン。

いつも果物棚の前くらいで落ちあってたんだけど、その日は柿がおいしそうだねってそのまま柿の棚をながめてた。
女の子は柿がすごく好きみたいで
「すごいね」「真っ赤できれいだね」「立派だねえ」「神さまが作ったみたい」
とひたすら柿を誉めまくり。うちは果物力を入れていたから離れたレジで聞いていて嬉しかった。

そんなことを話しながら彼女が手に取った柿が痛んでいた奴だったみたいで、おもわず声を上げる女の子。
女「あっ!これかわいそうだよ。」
男「あ、ほんとだね。落ちたのかな?」
女「きっと買ってもらえないよね、これ」
男「そうだろうねえ・・・」
女「・・・」
女「これ、買っていい?他にも痛んでる柿を今日は買って帰りたいな」
男「ええっ!でも安くないし、今あんまりお金ないよ」
女「今日剥いてたべちゃだめ?剥くのめんどい?せっかくこんなにきれいに生まれてきたのに、捨てられたらすごくかわいそうだよ。お金は私が出す!」
男「じゃ、じゃあわかったよ苦笑」

なんかじーんときたよ。ほんとに痛んだ柿5つ買っていった。
今思えば半額にしてあげればよかったな。

自分の家が農家だから何となく、野菜は生きてると思うときがある。(経営側からすればそんなことは言ってられないんだろうけど)
だから、その女の子が柿を買ってった時は、ぼんやりと日本人で良かったなと思った。
彼氏夜遅く柿むいてくれたのかな?ちょっとうらやましいなとも思った、でも今でも覚えてる私の好きなエピソードです。


[ 2013/10/09 16:01 ] 恋愛 | CM(0)

火災一軒家全焼 中から◯◯さん(15)が遺体で発見 、紛れもなく彼女の名前だった

181: 大人になった名無しさん 2011/10/22 00:05:50

恋話なるが聞いてくれ
泣ける話かも分からんが

卒業式が終わった
いや終わったというか抜け出した
呆れた、ウザかった、アホらしかった
やっと開放されたと思った
俺はこの中学の野球部を東海大会まで導いてやった
でも、誰も認めてくれなかった
無失点で投げ続けて降板、そのあと下級生が打ち込まれて俺の夏終わりだぞ
しかも俺が戦犯になってる
バカばっかだwww
おかげで私立の推薦もパーだ
誰ともつるみたくない、帰ろう
そう思って校門を抜けようとした


[ 2013/10/09 00:01 ] 恋愛 | CM(1)

さつき姉ちゃんは4年前、病気で死んでいた。 俺はこの1カ月、4年前のさつき姉ちゃんと過ごしていた。

172: 大人になった名無しさん 2011/08/08 15:48:46

小学1年生の秋の話。

母が実家に戻らざるを得なくなり、
超ド田舎に引っ越した。

小学校までは5kmぐらいあって、
地区ごとに生徒用のバスが走っていて、
俺もそれに乗っていた。

初めて乗った日。
俺は一番家が遠いから、バスでは最後は1人だった。

「ありがとうございました」

そう言って、バスを降りるのがルールだと、
同級生や年上の人から言われていた。



バス停から家までは、1kmほどだった。

「ちょっと」

女の子の声が聞こえた。
振り返ると、坂の下に制服を着た女の子がいた。


[ 2013/10/08 22:01 ] 恋愛 | CM(1)


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