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おばあさん「わたしの人生の中で、今がいちばんいい時期だ」

□ いい人・やさしい人のお話 14 □
235: 1/2 投稿日:2008/01/18(金) 16:02:50 ID:3ayXV5YI

ご近所に住むおばあさんのはなし。

嫁いびりの限りをつくしたおばあさんのところから、同居した長男嫁も二男嫁も逃げ出していった。
おばあさんは嫁に罵詈雑言を尽くし、手まであげていたのだという。
やがておじいさんが亡くなった。
偏屈な性格と毒舌のため親しい友人もなく寂しかったおばあさんは、捨て犬を拾って静かに暮らしていた。
やがて足腰が弱っていくおばあさんだが、壮絶な嫁いびりをしたむくいで、誰も引き取り手がない。
もはや一人暮らしはむずかしかろうということで、施設の入所が決まった。
おばあさんの唯一の友であり、血を分けた我が子よりも可愛い犬は、行き場がない。
誰か犬を飼ってくれる人はないかと探すが、もともと近隣との関係も悪くつきあいも少ない。
犬は雑種で老いていて、お世辞にも可愛らしいとは言い難い。
おばあさんは犬を保健所に連れて行き処分してもらおうと決めた。
「無力な婆を許して」「おまえと一緒にわたしも死にたい」
別れが辛くて犬を抱えておばあさんが途方にくれていたところに、
むかしさんざんいじめた二男嫁がやってきたそうだ。
「犬の引取先をさがしてきました」と二男嫁。
「いろいろありましたから、お義母さんのためになにかしてあげようとは思っていません。
つきあいもするつもりはありませんから、今後も何も期待してもらってはこまります。
でも、犬には罪はありません。大事な命ですから」

気の強いおばあさんは、おいおいと泣きくずれた。
そして二男嫁に心の底からのお礼を言い、非礼を詫びるために頭を深々と下げた。
「ありがとう。もうなにも思い残すことはない」
おばあさんは、晴れ晴れとした顔で施設にうつっていった。


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[ 2015/11/28 21:30 ] 義両親 | CM(0)

「うん」とでも言おうものなら舅がすぐに でも召されてしまいそうで恐かった

955: 仕事バカ 2005/03/18 00:19:51 ID:KK8pUecV

二年前舅が亡くなった。半年の入院生活の上、最後は意識の戻らぬまま
帰らぬ人となった。
私たちは結婚して10年になる共働き夫婦。どちらも少し変わった職種
で、帰宅はいつも深夜。盆も正月も休みがとれなかった。忙しさにかま
けて、実家とのやりとりも少なくなり、私の実家には一度も、夫の実家
には一度しか顔を見せなかった。それを気にしていないわけではなかっ
たが、夫は家族と不仲で決して一人では帰郷しようとしない。私は特に
正月が忙しく仕事をはずせないので「ひとりでも田舎に帰って」と頼ん
だことが何度かあったが、夫は聞き入れることも無く、私もだんだんに
言わなくなってしまった。そんな時、舅の緊急入院。本当に突然だった。
癌だ。
それから毎週帰郷するようになった。東京から東北へ、いままで通えな
かった分取り戻すつもりで通った。取り戻せるわけがないのに。
舅が食事をとれなくなってきたと連絡があった。せめて流動食でも口に
いれて欲しいとヴィシソワーズを持っていった。冷製スープなら時間が
たって冷めることも気にならない。
「初めて食べたけどうまいなぁ」
舅が口にしてくれた。うれしかった。このまま元気になってくれるかも
しれないと淡い期待すら抱いた。
でも病魔の進行は抑えられなかった。日に日に弱っていく舅が、ある日
夫に言った。
「母さんをたのんだぞ」
「何言ってンだよばか」
夫はそれしか言えなかった。「うん」とでも言おうものなら舅がすぐに
でも召されてしまいそうで恐かったのだそうだ。


[ 2014/02/28 16:01 ] 義両親 | CM(0)

おばあちゃんに誕生日プレゼントを贈ってみた

おじいちゃん、おばあちゃんの思い出
uni.2ch.net/test/read.cgi/sepia/1071493778/

281: 大人になった名無しさん 2006/11/05(日) 21:54:21

母方の祖母は近所に住んでるので、良く顔を合わせていた。
父方の祖母は行き返りだけで3日費やす所に住んでるので、
1年に1回会えるかどうかで、また自分は多数いる孫の中でも
最後の方に生まれたので、何となく素直に甘える事のできない遠い存在だった。

母方の祖母に比べると今までほとんど贈り物をした事が無かったけど、
今年は何だか気になって、誕生日プレゼントを贈ってみた。
すると到着して直ぐ、電話が掛かってきた。
耳が遠いので電話が苦手なのに。「ありがとう。ありがとう。」と何度も言ってくれた。
そして「せめてものお返しに」と、自分の畑から取れた野菜をたんまりと送ってくれた。
もう90歳なのに、体力も無いのに、畑で一生懸命いい野菜を見繕ってくれてる
祖母を想像して泣けた。嬉しかった。

遠い存在だからと勝手に垣根を作ってしまってごめんね。
これからはどちらのおばあちゃんも、平等に接していきたいと思います。


[ 2012/11/13 15:02 ] 義両親 | CM(1)

早朝、今まで感じたことの無い揺れと衝撃を感じた。阪神淡路大震災だった.

母の泣ける話ください
http://life9.2ch.net/test/read.cgi/healing/1207538844/

337: 癒されたい名無しさん 2011/12/19(月) 21:20:46.28 ID:lRuHdBTw

668 名前:名無しさん@HOME[sage] 投稿日:2011/12/19(月) 20:56:56.54 0
書き捨てさせて。

結婚当初、姑と上手く噛み合わなくて、会うと気疲れしていた。
意地悪されたりはしなかったけど、気さくで良く大声で笑う実母に比べ
足を悪くするまでずっと看護士として働いていた姑は、喜怒哀楽を直接表現せず
シャキシャキ・パキパキ黙々って感じで、ついこっちも身構えてしまっていた。
何となく「私、あまり好かれてないな」と思う時も有って、当たり障りなくつき合っていた。

その年は、私が秋に二人目を出産した事もあり、混雑を避けて一月中旬に帰省する事になった。
そして早朝、今まで感じたことの無い揺れと衝撃を感じた。阪神淡路大震災だった。


[ 2012/09/28 19:49 ] 義両親 | CM(0)


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